中学生の頃、宿題の読書感想文にコーネリアス・ライアンの戦争歴史小説「いちばん長い日」を選んだ。戦時中は従軍記者として実際に戦場を体験してきたから、単なる事実を書き連ねるだけではなく取材した兵士の気持ちを丁寧に描く作家だ。本来なら文学を選ぶものだが、リバイバルで『史上最大の作戦』を観ており、大まかな作戦内容の知識は映画で得ていたので感想の肉付けは役だろうという理由で選んだ。勿論、原作を読まなくては感想にリアリティは出ないのでしっかり読んだのだが、そのおかげでより映画で描かれた作戦を時系列で理解する事が出来た。ただ、既に映画を観ていた国語の先生からは「読書感想文というよりも映画感想文だな」と、バレバレだったのは大誤算だった。

戦争映画には大きく2種類あって、史実に忠実に作戦全体を俯瞰で描いたものと、もっと戦場そのものに寄った兵士の心情を描いたものだ。前者に該当するのが、本作の他に、ルネ・クレマンの『パリは燃えているか』だったり、リチャード・アッテンボローの『遠すぎた橋』といった作品でる。大規模な作戦であればあるほど、作戦に関わった人物が多く、製作費を掛けたオールスター映画を作りやすい。(最近はオールスター映画が少なくなったのが寂しいが…)この映画も作戦に関わった実在の人物をアメリカ・イギリス・フランス・ドイツの総勢48名のスターによって演じられている。中学生の私は戦争映画と言えば、第二次世界大戦ものだった。いくら当時の日本がドイツと軍事同盟を結んでいたとは言え、どうしても連合軍側に付いてしまう。それは多分、連合軍が正義で、ナチスドイツが悪という戦争を映画で楽しむ事への言い訳が出来るからだろうか。その点では、この映画で描かれるDディ=ノルマンディ上陸作戦は、ヨーロッパ解放の転機となった物語なので連合軍側に肩入れしてしまうのは致し方のない事だ。

これだけの出演者ともなると一言二言のセリフだけの顔見せの人もいるのだが、オールスター映画はそれだけでイベントなので、一場面の登場だけでも充分満足なのだ。西部劇の大スターであるジョン・ウェインやヘンリー・フォンダが、名優で『天井桟敷の人々』の名優ジャン=ルイ・バローとアルレッティと同じ映画に名を連ねているなんて、考えただけでも興奮するではないか。フランスの解放を描いた映画だから、フランス人俳優は若手のリチャード・ベイマーより安いギャラで出演したというエピソードもあった。出演者が多い映画は、パンフレットがよく売れる…というのは定説であるが、この映画の初版とリバイバル版は写真と役名付きで紹介しているのが親切だ。

物語はドイツに占領されたフランス国内の状況をモーリス・ジャールが手掛けた打楽器をバックに映し出される。このオープニングタイトルに入るまでのプロローグがドイツ軍の手強さを表現する素晴らしい演出だ。このオープニングで印象に残るのは、馬に沢山の水筒をぶら下げて、毎朝コーヒーを運ぶゲルト・フレーベ演じるドイツ軍の軍曹を近くに住むベルギー出身の戦前から活躍する名優フェルナン・ルドー演じるパジャマ姿の住人が皮肉混じりに揶揄するところだ。3時間の長尺は大きく分けて、前半が上陸作戦が決行される前夜に空挺部隊がノルマンディの要所にパラシュートとグライダーで降下して占拠するまで、後半は5000を越える戦艦から上陸部隊が、海岸線に展開するドイツ軍を突破するまでを時間軸を沿って描かれている。後半のオープニングが、前半と対照的に艦砲射撃で慌てふためくゲルト・フレーベと狂喜乱舞するフェルナン・ルドーが映し出されるのがケレン味が効いて、上手いなぁ、と思った。

前半の見どころは、パラシュート効降下の目標を誤って、ドイツ軍が占拠する街のど真ん中に降りてしまい、多数の犠牲者を出したサン・メール・エグリーズの映像だ。実際の夜の街にパラシュートが降下してくる病者はCGには無い本物の迫力があった。後半の見どころは、最も激戦が繰り広げられたというオマハビーチのエピソードだろう。実際の戦闘はこんなものではなかった…という体験者は言っていたらしいが、指揮を取るコータ准将を演じるロバート・ミッチャムの下で、レンジャー部隊がバリケードが爆破すると、遥か彼方まで砂浜に身を潜めていた数千の兵士が、一気に動き出す映像は圧巻だ。ジュノービーチに上陸した連合軍をドイツ軍の戦闘機から機銃掃射するシーンをコクピット目線で撮影したり、驚くのは内陸にある敵の司令部をクリスチャン・マルカン演じるフランス部隊が急襲するシーンをロングショット、ワンカットで延々と捉えているところだ。爆破のタイミングや人員の配置など、緻密な計算のもとで実現した映像を観るたび感心してしまう。他にも敵の要塞があるという岬を攻撃するシーンなどロングショットが多用されており、迫力のある映像が後半の見どころである。

エキストラとして15万人以上、製作費は36億円から43億円が投入されており、爆薬の数も40万個使用されていると言われている。それだけの物量をかけなければ、あれだけのスケールの大きな映像が生まれなかったであろう。これだけの規模の映画を動かしたのは、名プロデューサーとして名高いダリル・F・ザナック。本作の後に日本の真珠湾攻撃を描いた超大作『トラ!トラ!トラ!』を作った人だ。ザナックの立場は映画の総司令官といったところで、撮影中は連合軍側とドイツ軍側両方の出演者とスタッフから「将軍」と呼ばれていたという。大戦当時は大佐として出征して、実戦の中で訓練用映画を作った経歴を持つ。実際に使われていた軍事機材の調達や絵コンテに至るまで、様々な製作チームの作業を同時並行して進行を管理していたザナックは「アイゼンハワーは軍と機材を所有していたが、私はそれを探さねばならなかった」と語っていた。