第二次世界大戦後間もなく製作された『黄金』を初めて観たのが、文京区の住宅地にあった劇団昴の劇場『三百人劇場』で開催された「ボギーと3人の巨匠たち」という特集上映会だった。この劇場は、なかなか既存の映画館では観る事が出来ないクラシック作品を定期的に上映してくれて重宝したものである。上映作品の中には『脱出』も名を連ねていたが、やはりハンフリー・ボガードと言えば、ジョン・ヒューストン監督とハワード・ホークス監督だ。

『黄金』は紛れもなくジョン・ヒューストン監督の最高傑作である。まだ41歳だったヒューストン監督は脚本も手掛け、メキシコのシェラマドレ山脈を舞台に黄金で一攫千金を狙う三人の男たちを描く。その荒々しいタッチに途轍もないエネルギーを感じざるを得ない。こうした男たちの泥臭いイメージで、ウィリアム・フリードキン監督は『恐怖の報酬』をリメイクしたというがよく分かる。ハンフリー・ボガードもロイ・シャイダーも共に演じる主人公の男は、今で言うところの「負け組」である。正攻法のやり方では這い上がる事が不可能な男たちだ。

物語はタンピコというメキシコの港町(パンフレットに舞台となる地域の地図が掲載されている)から始まる。この町で起死回生を狙ってアメリカから渡ってきたボロボロの服を纏ったボギーが演じるドブスは、通りを歩くアメリカ人を見かけると「同国人のよしみで飯代を…」と金を恵んでもらって日々の糧を得ている男だ。先に『カサブランカ』でニヒルなボギーを観ていた私は、全盛期のスターが見せる情け無い姿にショックを受けながらも俳優業の奥深さに感動もした。二度も同じ男に声をかけて「この前も恵んでやったぞ」と文句を言われるシーンが、更にショックに追い打ちをかける。「足下と金しか見ていなかった」と謝るボギーの演技は鳥肌ものだ。

この冒頭におけるタンピコの描写が面白い。双葉十三郎先生がパンフレットに寄稿されている中に「甘ったれた情緒描写などはひとつもない」とあるが、あのハードボイルドのスターにボロボロの衣装を着せて、徹底的に情けない姿を我々に見せるのだ。恵んでもらった僅かな小銭で安酒を飲み、床屋でテカテカのポマードを塗たぐって満足げに出てくる演技をさせるヒューストン監督の演出はボギーを分かりきった監督だからこそ。見事としか言いようがない。この町で生きている人間たちは皆、一癖も二癖もある者ばかりで、『スターウォーズ』で出てくる宇宙の不成者が集まるタトゥーインの港町モスアイズリーも本作を参考にしているのではないだろうか。

その町でドブスは、当時西部劇で活躍していたティム・ホルト演じる同じ境遇の好青年カーティンと相棒となる。そして安宿で金山の話をする老人と知り合う。ここからが物語は本題に入ってくる。老人は世界の金鉱を渡り歩いてきた強者で「金鉱掘りは皆貧乏で死ぬ」と格言を述べる。その老人を演じるのが監督の父親で名優のウォルター・ヒューストン。良い役者である。本作でジョンはアカデミー監督賞、ウォルターはアカデミー助演男優賞を受賞した。画して全く性質の異なる三人の男たちは、なけなしの金を出し合って金鉱探しに山へ向かう

途中、彼らが乗る列車を山賊が襲うなどの見せ場がありながら目的地に着くと採掘の道具やロバを調達する。ここで大切なのは金鉱を探していることを周囲に悟られないようにする事。それだけではない。仲間と思っている三人も黄金を前にして裏切る事をお互いに警戒しなくてはならないのだから大変だ。老人は言う「お宝の前では上品な人間も変わるもんだ」。そして、やがてそれが現実のものとなる。物語に関係ないが、夜、焚火にあたりながら昔話をする若い二人に老人が「女の話が無いなんて不健康だ」というセリフが好きだ

三人は見つけた砂金を都度三分割して袋に小分けして、それぞれ秘密の場所に保管する。このあたりからドブスの様子がおかしくなる。疑心暗鬼で食糧の補充に出掛けるだけで、何か企んでいるのではないか?と疑うようになる。そこで老人が言う理屈がイイ。三人の中で年寄りの自分が金を抱えて逃げても若いお前たちに追いつかれるのは理解している。そういった点からも自分がこの中で一番信用出来る…と淡々と述べるウォルターの演技に感服する。その反面、無精髭面で眼をギラギラさせるボガードの迫力。下手なスリラーよりも怖い

中盤で金鉱掘りの仲間に入れてくれという男が現れたり、ロバや銃を狙う山賊たちと一戦を交えたりと、一筋縄では事が運ばないピンチが訪れるのもヒューストン監督の手腕が光る。金を掘り尽くした男たちが山を降りる時に、老人は最後に掘った穴を元に戻すという。傷つけた山を修復する事が、恩恵を受けた山への恩返しだという。そのセリフが泣かせる。資源を採掘したらそのままの現代人に見習ってほしい思想だ

欲に駆られたドブスはカーティンを撃って砂金を独り占めにして山を降りる。そのドブスを山賊たたちはロバを奪うために、あっさり殺してしまうという結末も実にシニカル。山賊たちは砂金の袋を見つけるのだが、その価値が分からず袋の砂金をただの砂だと撒いてしまう。風に吹かれて砂金がパーッと荒野に消えてゆく虚しいラストに至るまで、緩急自在の展開に一瞬たりとも眼を離せない演出テクニックに感無量