彼らが本気で編むときは
カタチなんて、あとから合わせればいい。

2017年 カラー ビスタサイズ 127min スールキートス配給
監督、脚本 荻上直子 エグゼクティブプロデューサー 井口高志、早川英
撮影 柴崎幸三 照明 上田なりゆき 録音 瀬川徹夫 美術 富田麻友美 編集 普嶋信一 
音楽 江藤直子 音楽プロデューサー 和田亨 音響効果 大河原将 フードスタイリスト 飯島奈美
出演 生田斗真、柿原りんか、桐谷健太、ミムラ、小池栄子、門脇麦、柏原収史
込江海翔、りりィ、田中美佐子

(C)2017 「彼らが本気で編むときは、」製作委員会


 「かもめ食堂」の荻上直子監督が自身で書かれたオリジナル脚本にて、5年ぶりにメガホンをとり、日本でも急速に関心が高まるセクシャル・マイノリティ…の中でもトランスジェンダーのリンコと育児放棄された少女トモ、リンコの恋人でトモの叔父のマキオが織り成す奇妙な共同生活を描く。これまで『人間失格』や『脳男』など個性的な役柄を演じて来た生田斗真がトランスジェンダーという難しい役どころに挑み、『オカンの嫁入り』の桐谷健太がその恋人役を演じる。また、母親に見捨てられた女の子トモを演じるのは、本作が映画デビューとなる柿原りんかだ。本作は、りりぃの遺作となった。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 11歳の小学生・トモ(柿原りんか)は、母親のヒロミ(ミムラ)と二人暮らし。だがある日突然ヒロミが育児放棄して家を出てしまう。常習犯の母親の家出によって独りになってしまったトモは叔父のマキオ(桐谷健太)の家に向かう。母の家出は初めてではなく、過去にも同じ経験をしていたトモだったが、以前と違うのは、今回マキオはリンコ(生田斗真)という美しい恋人と一緒に暮らしていたことだった。リンコは元男性で、女性への性別適合手術を受けたトランスジェンダー。元男性であるリンコは、老人ホームで介護士として働いている。そんなリンコの美味しい手料理に安らぎを感じ、団らんのひとときを過ごすトモ。母は決して与えてくれなかった家庭の温もりや、母よりも自分に愛情を注いでくれるリンコの存在に戸惑いながらも、三人での奇妙な共同生活が始まった。


 全編、優しさに溢れていた荻上直子監督の『彼らが本気で編むときは』をホッコリした気分で楽しく観賞した。男が出来た母親に置いてきぼりにされた娘が、しばらくの間、叔父(母親の弟)の元に引き取られる。本屋で働く叔父がいるレジに並んで大量のコミックをドサッとカウンターに置くのが、母親が出て行った合図らしい。「またか?」と弟が溜息を付くところからこの母親は何度も同じ事を繰り返しているのが分かる。毎回、身勝手な姉に呆れながら姪の面倒を見る叔父に扮するのは桐谷健太。こうした人の良い役は本当に上手い。姪のトモを演じる柿原りんかは、本作が映画デビューとなるそうだが、実にナチュラルなイイ演技を披露する。特に素晴らしいのは、冒頭からずっと見せる眉間にシワを寄せるしかめっ面だ。多感な十代女子の特権は眉間のシワと思う。他人を牽制するこの不機嫌なシワこそが少女たちだけに許された主張方法なのだから。
 アパートに向かう道々、叔父は同居人がいる事をトモに告げる。その同居人が生田斗真演じるリンコさん。彼はトランスジェンダー(性同一性障害)で、戸籍は男性だが、手術で身体は全て女性になっている。後半でリンコがボヤく「名前も身体も変えられたのに手の大きさだけは変えられなかった…」というセリフは、こうした人たちの切ないあるあるなのだろう。近年、LGBTの人たちを主人公にした作品が多く作られているが(最近では『ハンズ・オブ・ラブ』が記憶に新しい)、そのどれもが主人公たちの焦燥感を丁寧に描いている。法的には認められていない家族…本作は、LGBTに対する偏見を描きながら「家族ってそんなんでイイの?」という問題提議もしている

 娘を置き去りにして男の元に出て行ってしまう実の母とトランスジェンダーの男性。娘の友人の母親の通報(偏見に凝り固まった人間なりの正義感からの行為だが…)で、市の児童福祉課が調査にやって来るシーンが泣かせる。最初は女装姿のリンコに動揺していた担当者だが、部屋の様子や、話を聴くうちに考えが変わってくる。それを表情の変化で表現する江口ともみは流石だ。ところがこの映画…そんな絵に描いたような理想的な終わり方をしていない。ひょっこり戻って来てトモを連れて帰ろうとする母親がリンコを蔑む発言をした時、トモは母親を強く責めながらも、結局は一緒に帰る事を選んでしまうのだ。子供にとってどんな仕打ちを受けても母親は母親…これが虐待を受けている児童からSOSが寄せられない実情の理由でもあるのだろう。

 以前は殺風景だったという叔父の部屋だが、エスニック調の家具でまとめられており、ここからリンコのセンスの良さが伝わってくる。ちなみにこの映画…画面の脇や背景に存在する本が登場人物たちの性格を表していた。二人の部屋にある本棚に並べられている本の置き方が好きだ。一見、無造作に並べられているようでありながら配置のセンスに本好きの本棚というのを感じさせる(そう言えば、叔父の職場は本屋だ)。また、トモがリンコの母(田中美佐子がイイ)に連れて行かれた蕎麦屋にもレトロな箪笥の上に本がセンス良く並べられていた。きっと美味しいものを出すお店は本のセンスも良いのだろう。その一方で、トモが母親と暮らしていた部屋の何と知性のカケラも感じさせない殺風景なことか。戻ってきた母親が桐谷健太のレジに置く女性誌…よく見ると、それぞれの部屋にある本の背表紙で登場人物たちの性格を表している。こうした小物の使い方は萩原監督の上手いところだ。
 前作『レンタネコ』から久しく6年ぶりとなる荻上直子監督だが、どこかファンタジックな世界観を現実の中にさりげなく取り入れて、観客に肩の力を抜かせるあたりは相変わらず見事な腕前だ。編み物で108本の男根を作り続けるリンコは、その目標に達したら、それを燃やして戸籍を女に変えようと決めている。タイトルの由来はここから来ている。何故、108本なのかというと、人間の煩悩の数だから…と分かったような分からないような理由を真剣に言うのも笑える。その男根編み物を三人が投げ合うシーンで、幸せそうに笑う三人をスローモーションに切り替えて見せるところで不覚にも涙が出た。多分、この幸せな時間は今の日本では、長続きしないであろう事が我々観客も薄々理解しているからだ。もしかすると、三人もその予感を感じており、スローモーションそのものが、この幸せを長く続けたいという三人の心象風景でもあるのだ。

「あんたのママは、たまに間違う」ゲイに対する偏見に固まった友人の母親。それが原因で自殺未遂をした友人に、トモが言うセリフ。

【荻上直子監督】
フィルモグラフィー

平成15年(2003)
バーバー吉野

平成17年(2005)
恋は五・七・五

平成18年(2006)
かもめ食堂

平成19年(2007)
めがね

平成22年(2010)
トイレット

平成23年(2011)
レンタネコ

平成29年(2017)
彼らが本気で編むときは




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