濡れた壺
《視姦》あの目が、あの指が、あの舌が、わたしを狂いの痴態へ―燗熟の谷ナオミに巣喰う華麗なる肉体の悪魔!
1976年 カラー シネマスコープ 69min 日活
企画 奥村幸士 製作 三浦朗 監督 小沼勝 助監督 浅田真男 脚本 宮下教雄 撮影 水野尾信正
美術 土屋伊豆夫 照明 高島利隆 編集 井上治
出演 谷ナオミ、井上博一、藤ひろ子、水乃麻希、立花りえ、内藤杏子、梓ようこ、梶川波磨子
日野道夫、渡辺秀昭、中丸信、賀川修嗣、清水国雄、田中小実昌

谷ナオミ初主演SM映画『花と蛇』から2年…緊縛シーンが全く出て来ない本作を日活宣伝部は“精神的SM”として売った。『昼下がりの情事 古都曼荼羅』と『花芯の刺青 熟れた壺』を小沼勝監督の二大傑作として評価する人は多いが、視姦をテーマにした本作も、好きな女を飼育して自分好みの女に作り上げていく男の仕業の過程が丹念に描かれているとして高い評価を得ている。裸のマネキン人形という小道具を巧みに操り、男の術中にはまっていく主人公の姿を『修道女ルナの告白』の水野尾信正によるカメラワークは被写体のアップと引きを交差させながら幻想的な世界を描き出している。脚本は『赤線飛田遊廓』を手掛けた宮下教雄、無機質なマネキンがズラリと並ぶ幻想的な空間を『生贄夫人』で素晴らしい廃屋を作り上げた土屋伊豆夫が施している。前作『生贄夫人』がSM映画の最高傑作として高い評価を得た後で、冷静さを装い崩壊する家庭を守り抜く女性を当時28歳―艶技的にも絶頂期を迎えていた谷ナオミが、なまめかしく演じている。

淫乱な実の母・梅子に夫を奪われた亜紀(谷ナオミ)は、競馬狂の父と浪人中の弟の面倒をみているスナックのママである。スナックの客にプロポーズされている亜紀は夫には未練はないが、セックスのない毎日に悶々としていた。ある日、亜紀は店の客の花松(井上博一)が経営するマネキン工場を訪れた。そこで裸形のマネキンを愛撫する花松を見て思わず濡れてしまう亜紀。そんな亜紀にのしかかった花松だったが、途中で行為を中断した。亜紀は屈辱にふるえた。一方、浪人中の弟はゲイである事に目覚め、戻って来た梅子の乱行は止まず、その上、年老いた父まで幼女を犯すという事件を引き起こした。ある日、亜紀はスナックに来た花松の欲望のままに身をまかせ、せきをきったように狂い、快楽をむさぼった。

暗い倉庫に無数に並べられた裸のマネキン。目の前で男がマネキンを愛撫する姿を見て、女の体は自分が責められている妄想の中で反応してしまう…。直接的な性描写がないにも関わらずマネキンを撫で回す男の指と谷ナオミの表情が交互に映し出される優れた映像的表現。ロマンポルノの名匠・小沼勝による『濡れた壺』のワンシーンだ。この現実と幻想と妄想とが交差するシーンひとつ取っても本作は、谷ナオミ主演作品の中で最もエロティシズムに溢れていると思う。男の視姦によって身悶える谷ナオミは、いやらしさを超えて日本画に出てくるような崇高な顔立ちで観る者を魅了する。彼女の顔って、本作や前作『花芯の刺青熟れた壺』に出てくるような薄幸の女性を演じる時に威力を発揮するのだ。決して肉体的な責めは無いのだが、精神的な苦痛に喘ぐ表情は、ある意味精神的マゾヒスティックと言っても良いであろう(事実、公開当時日活は本作を“精神的SM”として売り込んだ)。谷ナオミが演じるのは、客の男からプロポーズを受けて幸せな将来が手の届くところまできているスナックのママ亜紀。しかし彼女は、もう一人の客・花松という男に惹かれている。この花松は、店に女を連れて来ては亜紀の立つカウンターの下でこれ見よがしに弄び、彼女の動揺を楽しんでいるのだ。このシーンの緊迫感は小沼監督のねちっこさが顕著に現れている。
もうひとつ平行して描かれているのが崩壊寸前の彼女の家族だ。男を作って家を飛び出し、またひょっこり戻ってくる母親。そんな原因を作った戦時中の軍隊を引きずり続け定職も持たず競馬に明け暮れる父親。自らの進むべき道を見いだせず姉に対して近親相姦の情を抱きながら結局はホモの道に走る弟。それぞれが出てくるシーンに絶妙なタイミングで、南沙織の“くれそうでくれないたそがれどき”と軍歌、そして内藤やす子の“弟よ”が掛かる演出の上手さ。皮肉な事に壊れかけた家族が新たな出発点を見つけるきっかけとなったのが無気力の固まりだった父親が戦友と共に自分の力を誇示するために女子高生に乱暴を働き逮捕された事だった…というのも、その時代を反映している。ラスト…父の面会後、刑務所から出てくると黒服のヤクザがズラリとならんでいる(多分、親分か誰かの出所なのだろう)。その間を通り抜ける彼女に注がれる男たちの視線と、またしても谷ナオミの悶える表情が交差される。しつこいほどに谷ナオミを接写するカメラワークは下手なアクション映画よりもスリリングだ。谷ナオミが縛り無しで最高の苦悶に歪む表情を見せ、ロマンポルノにおいて絶頂の域に達したと証明してみせた。
「今からお会いしたいの…いいでしょ。ちょっと夕立にあったみたい…」刑務所の父親に面会後親分の出所を待っているヤクザの集団の前を通り過ぎた谷ナオミが感じてしまい花松に電話をかけて、こう言うのだった。
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