かつて「履き倒れの街」と呼ばれていた神戸市の中南部に位置する新長田は、ケミカルシューズ産業で栄えてきた街だ。戦後間もなく次々と設立された工場に、地方から多くの若者が集まり、そうした工員たちが住む寮や下宿があったことから商店街や盛り場が発達した。元々、この地域には古くから映画館や芝居小屋も多く、大正7年に出来た港に向かって真っすぐ伸びる大正筋商店街は、近隣に劇場が出来るたびに“娯楽館筋”とか“松竹館筋”と呼び名が変わるほどの興行街でもあった。最盛期の1960年代には長田区内には多くの映画館が軒を連ね、高度経済成長期以降も味のある映画館が数多く残っていた。しかし、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災によって街の様相は一変してしまう。商店街の65%が倒壊と火災による焼失で壊滅的な被害を被ったのだ。遅々として進まない復興計画に、商店主たちは「行政ばかりに頼ってはいられない」と、自ら再生に向けて行動を起こす。それが震災から僅か5ヵ月後にオープンした100軒の店舗が入る巨大な仮設店舗・復興元気村パラールだった。2004年には、その場所に復興事業のひとつとして複合商業ビル“アスタくにづか”が出来たのだが、なかなか街は震災前のような活気を取り戻せずにいた。

そんな“アスタくにづか1番館”の2階に、民営としては国内最大規模のフィルムアーカイブ施設『神戸映画資料館』がある。2007年3月25日にオープンした映画フィルム・書籍・ポスター・機材などを収集・保存するアーカイブ機能と、それを上映・公開するミニシアターの機能を合わせ持った施設だ。こちらに収蔵されている映画フィルムはサイレント時代にまで遡り、もう存在しないだろうと思われていた貴重な作品から、人々の暮らしが写されたホームムービーに至るまで、実に17000本以上にも及ぶ。これらは全て館長を務める安井喜雄氏が長年、個人で収集してきた極めて私的なコレクションなのだ。前身は、1974年に安井氏が仲間と共に大阪で設立した『プラネット映画資料図書館』で、映画資料の収集をしながら自主上映活動を行っていた。通常の映画館では観る事が出来ない映画…特に映画史の中で忘れ去られた作品やジャンクされる寸前の軽視されていた作品などを時代の評価に関わらず、ただひたすら集めまくり上映していた事から全国の映画ファンの間では、その名が知れ渡っている存在だった。

「街の活性化のため、ここに映画文化施設としてミニシアターを作れないでしょうか?」安井氏ら設立メンバーにある日、新長田まちづくり株式会社から、そんな相談が持ちかけられた。ちょうど、膨大な数に膨れ上がっていた映画資料の新たな保管場所を探していた安井氏と、街の人たちが集まれる映画館を作りたい…という街の思いが合致しして、自由に人々が往来出来るカフェスペースが併設された『神戸映画資料館』が誕生したのだ。ロビーを兼ねたカフェスペース『喫茶チェリー』は、お茶をしながらキネマ旬報等の映画雑誌を自由に読めて、設置されたモニターからは復元された古い収蔵作品の映像が流れるくつろぎの空間となっている。映画館っぽくない外観だからか、休憩するつもりでフラッと立ち寄られて、「あら?ここで映画もやっているのね…」と気づかれる買い物途中のご婦人も多い。勿論、映画を観なくても利用出来て、ドリンクを注文すれば食べ物の持ち込みもOKだ。入口の横には、年代物の映写機が所狭しと展示されており、中には35mmの手回し映写機という珍品もある。その奥には会員制の資料閲覧室があり、非会員でも当日会員(100円)で利用が可能だ。


こちらに収蔵されているフィルムは、映画館用の35mmから、小型映画と呼ばれる16mmや9.5mm、8mm…更にはスライドまでと実に幅広い。作品も10代の美空ひばりが出演していた“南海の情火”や原節子の最古の出演作“魂を投げろ”といった劇映画から、1900年に土屋常二という国内最初期のカメラマンが撮影した“明治二十八年の両國大相撲”など…どれもがお金では換算出来ない貴重なフィルムが保管され、今もなお発掘活動が続けられている。中には映画の全編ではなく、断片しか残っていないものも数多く、その断片から作品タイトルを探り出す研究も行われている。「部分的であっても、それって映画史の欠落を埋めるような価値があるものかも知れません。このようなフィルムの断片から(時には外部の研究者の力を借りて)調査研究をして今まで失われたと思われていた映画を発掘することに力を入れています」と語ってくれたのは支配人の田中範子さんだ。

「これまでずっとフィルムの収集を第一に考えてきました。団体や個人のコレクターさんからフィルムを手放したい…というお話しをいただくと、まずウチは引き取るんです。勿論、そのフィルムを保管するにもスペースに限りがありますし、ギリギリの人員と経費で運営しているので正直厳しい状況ですが、もし、そこでウチが断ったらそのフィルムは廃棄されてしまうかも知れない。だったら、その後のことは引き取ってから考えよう…と」こうしたフィルムの収集には、日本全国にいるコレクター同士のネットワークも重要だ。通常、フィルムが売りに出される場合は単品ではなく複数本束というケースが多く、入手したコレクターが欲しい作品だけを取ってそれ以外のフィルムを譲り受けたりしてコレクションを増やしてきた。時には経年劣化等でビネガーシンドロームを起こしてラボに出さなくてはならない場合もある。「フィルム切断や目壊れ程度なら私たちでも直せるのですが、全編をラボで修復をすると、当然ながら莫大なお金が掛かります。そんな時は、救える部分だけ、大事な場面だけでも復元しましょうという判断をする事もあります。いろんな場面でウチが民間の団体で良かったと思うことが多々あります。収蔵や活用方針の柔軟性(いいかげんさとも言えますが)が一番の強みです」と、田中さんは笑顔で話す。2014年8月からは文化庁の“美術館・歴史博物館重点分野支援事業”の対象として認められ、おかげでこれまで収集してきたフィルムの網羅的な調査研究にも力を入れられるようになった。


『神戸映画資料館』で上映される作品は、どれもが極めてレアなものばかり。三流映画と言われていた大都映画や極東キネマが製作した時代劇や、戦前戦後に流行していた浪曲映画といったマニアックな作品なんて序の口。教育の一環として小学校の映画会で上映されていたような世界のアニメーションや、神戸を舞台とした戦前の無声アクション映画なんていう変わり種まで飛び出した。かと思えば、ジョン・フォード監督の“黄色いリボン”をテクニカラーの35mmで上映して目の肥えたシネフィルを唸らせる。こうした名作から、ジャンクされる運命にあったピンク映画やB級スリラー映画まで…映画を差別しない姿勢のラインナップには頭が下がる。収蔵フィルムを活かし、外部の映画研究者や研究機関との共同企画も盛んだ。2011年に開催された“まぼろしの昭和独立プロ黄金伝説”では、多くのピンク映画に出演した初代ピンクの女王・香取環が来館。この時の特集は各方面から高い評価を得て、翌年には第二弾が開催されるなど大人気の名物企画となった。他にもスライド上映の歴史に着目した“うたう幻灯会”というユニークな特集も開催。かつて社会運動や文化運動の場で、幻灯機(スライド)を手で操作しながら台詞を読み上げていた上映手法で、まさにここでしか観られない企画上映だった。また、あまり日本で紹介されない国々の作品にも力を入れており、ヒマラヤの映画やエジプト映画界の重鎮ユーセフ・シャヒーン監督作品から、エイゼンシュテインとプドフキン監督の古典から近年の異色作までを取り上げたソヴィエト映画会には、映画ファンだけではなく、その国の文化に興味を抱いている人まで幅広く来場される。

シアターでは収蔵作品以外のものも上映している。阪神・淡路大震災15年目には神戸長田で暮らす人々の姿を捉えた作品や、東日本大震災復興支援上映が行われるなど、震災を体験した街の映画館だからこそ伝える事が出来る上映会を積極的に行った。「神戸」をテーマにした企画も多く、中でも神戸でロケーション撮影された映画を特集した“神戸の映画・大探索”には、場内に入り切れないほどの多くの観客が訪れた。「新聞でも取り上げてくれたので、昔の神戸が写っている事に興味を持った人たちがたくさんいらっしゃいました。やっぱり吉永小百合さんの人気は凄くて…神戸を舞台にした“青春の風”のフィルム上映では、想像以上に大入り過ぎて(笑)嬉しい悲鳴が出ましたね」2009年から開催された“神戸ドキュメンタリー映画祭”では、毎回テーマを変えて様々なドキュメンタリー作品を紹介してきた。そして『神戸映画資料館』の設立から10周年を迎えた2017年…そこから更に発展した“神戸発掘映画祭”が開催される。ここでは新たに発見されたフィルムをデジタル復元した戦前の無声映画(2017年は日本アニメ100周年を記念して大正時代に作られた掘出し物の国産アニメを紹介)や、個人が撮影した戦前のアマチュア映画やホームムービーなど、貴重な収蔵作品が上映された。


この“神戸発掘映画祭”は、貴重なフィルムの存在を知ってもらう場となり、10月末に二回目が幕を閉じたばかりだ。地域の人たちは、この映画祭を通じて、一部分しか現存していない作品や、約1700本収蔵されているアマチュア映画の調査(撮影された時代や場所などを突き止める)や、復元作業が進められている現状を知る事が出来た。今まで安井氏個人で負担されてきた収集・保存・復元・調査事業に対して、こうした貴重な文化遺産を守る協力をしなくては…という意識を観客に芽生えさせるキッカケになったのではないだろうか。また昔のフィルムは、ベース面の柔軟性が失われ上映のたびに劣化するため、映写する際も細心の注意を払う必要がある。映写機に掛けるという事はフィルムをすり減らしている事も理解しなくてはならない。現在は、神戸芸術工科大学と恊働で、それまで上映不可だったフィルムのデジタル化を推進。その成果は映画祭でも観る事が出来た。

最も『神戸映画資料館』本来の姿を見る事が出来たのが、昨年開催された“みんなで発掘・宝探し試写会”という無料上映会だ。多数ある内容未調査の収蔵フィルムを上映して、参加者と一緒にその価値や面白さを見つけようというもの。言ってみれば由来のわからないフィルムを公開し、果たしてどんな映像が写っているのか?どういう目的で撮られたものなのか?劇映画だけではなく教育目的で作られた作品やホームムービーなど様々な映像を宝探し感覚で観賞する観客参加型の上映会なのだ。「私たちは最小の人数で運営しているので、資料整理や調査がなかなか進まないのが今までの悩みでした。そんな中、ここの活動に関心を持ってくださる皆さんと、この小さなアーカイブを一緒に作り上げて行くことが『神戸映画資料館』に相応しいのではないかと気づいたのです」現在はボランティアを募って映画チラシの分類や整理作業も進めているという。別に専門的な知識が無くてもいい…自分に出来る事を提供して、その対価として映画の知識を得られるなんてお金以上の価値があるではないか。(2018年8月取材)


【座席】 38席 【音響】SR

【住所】兵庫県神戸市長田区腕塚町5-5-1-201 アスタくにづか1番館北棟2F 【電話】078-754-8039

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