海の色も、山の姿も、
そっくりそのまま昨日につづく今日であった

夏の終わり…香川県小豆島にある『二十四の瞳映画村』を訪れた時、穏やかな瀬戸内の海を眺めていると思わずこのフレーズが口から溢れた。これは昭和29年と昭和62年に映画化された松竹映画“二十四の瞳”の中で繰り返し使われた言葉だ。人間が起こす愚かな争いごとなんて自然の中では、愚かでちっぽけなことなのだ…という原作者・壺井栄のメッセージが込められている。この映画村は田浦岬の小高い山に挟まれた細くくびれた場所にあるため、東に内海湾、西に坂手港を一緒に臨む事が出来る最高のロケーションを有している。正に原作で壺井栄がこの場所を「農山漁村の名がぜんぶあてはまるような…」と表現されている風景を見る事が出来るのだ。

元々この場所は、男はつらいよシリーズで脚本を手掛けてきた朝間義隆が監督を務めた二回目の“二十四の瞳”製作時に、約1万5千平米もの敷地に作られたオープンセットだった。松竹のベテラン美術監督・芳野尹孝と美術スタッフたちによって、石垣ひとつ瓦ひとつ…細部にまでこだわって、メインの舞台となる分教場を軸とした12棟の民家から成る昭和初期の漁村が見事に再現されている。また、33年ぶりに“二十四の瞳”が作られるということから、小豆島はセットの敷地を無償で提供する他、見物人の整理や管理など全面協力の元、約10ヵ月に及ぶ長期ロケが行われた。そして、昭和62年7月20日…全国松竹系で公開された“二十四の瞳”のカラーで甦った映像には小豆島の美しい風景の中で、のびのびと演じている子供たちの姿があった。小さい腕を延ばして子供たちが前ならえする分教場の校庭や、子供たちのちょっとした悪戯で脚を負傷した大石先生が大八車で運ばれる狭い路地の向こうに見える紺碧の海。このオープンセットは間違いなく“二十四の瞳”のもう一人の主役だった。



当初、撮影後は平地で返却される約束だったが、町はそのままセットを保存して映画村にすることを選んだ。撮影時から多くの見物人が島を訪れ、既に観光客は通常の1.5倍にまで膨れ上がっていたからだ。実際にオープンしてみると、年間20〜25万人が訪れる新しい観光地となった。昨年で30周年を迎えた 『二十四の瞳映画村』はオープン後から改良を続け、現在は“二十四の瞳”だけではない日本映画に特化したテーマパークとなった。入口にある全長54メートルにも及ぶ壁面パネルアート『シネマ・アートウォール』は正にその象徴で、“愛染かつら”や“東京物語”など日本映画の名場面が出迎えてくれる。映画村を見渡せる中央の広場には瀬戸内の海の魚が泳ぐ(覗くと餌がもらえると一斉に近寄ってくる)汐江川が流れ、左手にはセットの民家をリノベーションしたアンティークな雑貨屋やギャラリーなどが立ち並ぶ。奥に進むと松竹美術部渾身のオープンセット『岬の分教場』が映画村のランドマークとして立っている。教室に入って懐かしい木の椅子に座って窓の外に広がる海を見ると映画の名場面が鮮やかに甦る。映画好きなら必ず立ち寄ってもらいたいのは隣にある『キネマの庵』だ。懐かしいミゼットが陳列されているギャラリーは、日本映画の黄金期を彩った日活・東宝・東映・松竹・大映が映画会社の垣根を越えて、それぞれのブースで代表作を展示モニターではテレビドラマ版“二十四の瞳”に出演されている小林稔侍が、ナビゲーター役で日本映画の歴史を名場面と共に解説する。食事が出来るCafé シネマ倶楽部で提供される給食セットは、インスタ女子に大人気のメニュー。昭和の小学校をモチーフに、先割れスプーンが付いたアルマイトの食器と揚げパン・しゃばしゃばのカレースープ・冷凍みかん・瓶牛乳が実に可愛い!と評判だ。平成4年には映画館『松竹座』と、原作者・壺井栄の足跡を紹介する『文学館』を新設。直筆の原稿や愛用品、初版本、書簡などが展示され、より深く作品に触れる事が出来る。実は『二十四の瞳映画村』の魅力は村内だけに限らない。一歩外に出れば、生徒たちが歩いた道や、海を一望出来る山々など…自然の中にロケ地が点在しているのだ。木下惠介版公開から来年で65周年を迎えようとしている今でも地図を片手に撮影ポイントを探す熱心なファンが訪れている。


最近は台湾や中国からのツアー客も増えており、“二十四の瞳”を中国語(繁体字)の字幕付きで上映している。今でこそ平日でも観光バスが乗り入れて賑わいを見せているが、一時期は来場者が18万人にまで減少して運営が立ち行かなくなるところまで落ち込んだこともあった。一番の原因は、若い人たちが“二十四の瞳”を知らない…という世代になってしまったことだった。「映画というのは時代を反映しているもの。戦後間もない頃は、復興に一生懸命だった時代で、皆が貧しく苦しんでいる時に、心の支えになる映画が、“二十四の瞳”でした。だからこそ、たくさんの支持を受けたのだと思うんです。それが時代と共に裕福になって、共感出来る人が少なくなってきたのでしょうね」と語ってくれたのは、現在、一般財団法人岬の分教場保存会と二十四の瞳映画村・岬の分教場の専務理事を務める有本裕幸氏だ。

当時はホテルマンとして各地のホテルを軌道に乗せると次のホテルへ移る…いわゆる事業再生のエキスパートだった有本氏に、町は映画村の運営を見直す依頼をした。「ちょうど総支配人として任されていたのが小豆島のホテルだったんです。その時に、映画村の事業で行政が困っている…と相談が来ました。僕の仕事は上手く軌道に乗った時の達成感がある仕事で、それって映画を撮り終えた時の嬉しさに似ているんですよ」こうして映画村にやってきた有本氏は、労務管理を含めた基本の仕組みから見直すことに着手した。「とにかく驚いたのは、それまでは観光地なのに盆と正月を休んでいたことです。観光客が来る書き入れ時に同じように休むなんて今の時代では考えられないでしょう?そういったところから改革をしていったんです」


まず有本氏は今までの指定管理者から全て自前経営でやっていくことを決定する。「行政からのお金をあてにせず自立しましょう…ということです。そうしないと維持なんてしていけない。今までは何かするにも議会の承認が必要だったり、多くの人の意見に耳を貸さないといけなかった。重大な決断を迫られる時はどうしても速度が鈍くなってしまうんです」次に行ったのが、現在の若者に“二十四の瞳”を知ってもらうために、終戦60周年記念ドラマとして7度目の映像化だった。更に、3年前には映画村の外に飛び出して、橋口亮介監督とジブリの鈴木敏夫プロデューサー…そして俳優のリリーフランキーを招いて「喋楽苦(しゃべらく)」というトークイベントを土庄町立中央公民館で開催。映画に関する自由なテーマで三人が繰り出す歯に衣を着せぬトークが実に面白く、昨年は新たに木村多江を招いて「喋楽苦2」が実現した。「映画人に楽しい事や苦しい事を喋ってもらう…だから喋楽苦。これからも小豆島から発信するイベントはどんどんやりますよ」また、昨年は松山善三・高峰秀子基金の記念事業の第一弾として、子役時代の高峰秀子が出演していた幻の無声映画を活弁士付きで上映した。「今年はピーコさんと高峰さんの養女である斎藤明美さんの“好きな人嫌いな人”というトークショーを予定(9/15に終了)しています。イベントには大阪や東京からも来ていただけるんですよ」他にも『松竹座』で長唄や落語の趣きのあるライブ行ったり、木造校舎を使って音楽ライブなども企画(9/1・2に終了)されている。「正直言って、コスト的には全然合わないのですが、続けて行く事で小豆島が元気だと発信したいですね」秋の夜長…教室の窓を開けて波の音を聴きながらの音楽ライブ…なんて素晴らしいではないか。来年は、“二十四の瞳”公開65周年という節目で、しかも壺井栄の生誕120周年という年…様々な企画を検討中というので今からが楽しみだ。


現在、小豆島フィルムコミッションの統括プロデューサーも兼務されている有本氏。平成になってからは数多くの名作が小豆島で撮影された。第35回日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた成島出監督の“八日目の蝉”では…「松竹さんから電話があって、限られた予算内で小豆島で撮影したいのだけど…と相談をされたんです。そこで映像支援実行委員会というのを作って協力する代わりに、宣伝委員会に入れてもらう事を即決して、映画のプロモーションに小豆島の観光PRをさせてもらったのです」結果、この時の決断の早さが小豆島のターニングポイントとなった。行政だけではなく民間からの支援を得たおかげで“八日目の蝉”は大ヒット。「今までやってきた事の方向は間違っていないと思うので、まだまだやれる事はいっぱいありますね」

取材が終わって帰りのフェリーまで時間があるので、是非乗りたかった渡し舟で、内海湾の対岸にあるオリーブビーチに渡る。劇中2度登場する大石先生が手漕ぎの小さな舟で自宅から分教場へ通ったコースだ。陸路なら車で30分も掛かるところ(大石先生はこの道を毎日自転車で通っていた事になる)10分で着いた。一隻の舟で船頭さんは、お呼びが掛かれば何往復もされているそうだ。有本氏は「レンタカーで島内を巡るのも良いですが、出来れば舟や自転車を使ってゆっくり島を散策してもらいたい」と語る。最近、シェアサイクルを導入したのもそのひとつだ。島内50ヵ所にステーションを設けているので、映画村に自転車で来て、帰りは自転車を乗り捨てて渡し舟や路線バスでゆっくり帰る…なんてコースをカスタマイズ出来るのだ。「決められた観光コースではなく、自分の足で見つけた出逢いって記憶に残るはずです。例えば、偶然、裏の小径にシャレた酒蔵を見つけたり…映画と同じで自分で発見する楽しさって旅にはあると思うのです」元々、穏やかな気候でオリーブの産地ということから女の子に人気が高かった小豆島だが、SNSが発達した最近は特にグループで女子旅を楽しむ旅行者が増えて来たという。有本氏は映画村がそんなキッカケ作りが出来る施設になれたら…と続ける。その言葉通り、小豆島出身のアーチストの個展やライブを意欲的に続ける事でリピーターも増えて来た。自然と融合した非日常的な空間で次は何が起こるのか…しばらく目を離す事が出来ない。(2018年8月取材)


【二十四の瞳映画村:営業時間】 9:00〜17:00(11月は8:30〜17:00)

【二十四の瞳映画村】>> 松竹座/書肆海風堂/高峰秀子ギャラリー/岬の分教場のページへ

【住所】香川県小豆郡小豆島町田浦 【電話】0879-82-2455

  本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street