東京には映画専門の美術館があるらしい…東京の大学に入学が決定した時、そんな話しを友人から聞いた私は、居ても経ってもいられなくなった。場所は京橋。シネラマで有名なテアトル東京と東宝東和、大映…そして日活の本社があった街だ。銀座・日比谷に足を延ばせば、日本映画をリードして来た東宝・松竹・東映の本社とチェーンマスター館が集結する正に映画の聖地である事ぐらいはよく知っていた。少し早めに上京した私は、引っ越しの荷解きもほどほどに、いの一番に訪れたのが『東京国立近代美術館フィルムセンター』だった。日本映画を支えてきた日活の本社ビルを改築した建物を前に、しばらく感動に震えながら眺めていたのを鮮明に覚えている。それからというもの時間を作ってはせっせと京橋に通う日々が始まった。名画座でもお目に掛かれない貴重な日本映画から、馴染みの無い国の映画まで、まとめて観る事が出来たのが最大の魅力だった。


前身は、戦後間もない昭和27年12月1日、日比谷に完成した日活国際会館へ本社機能を移した日活本社ビルを建築家の前川國男氏が、改築して開館した国立近代美術館の映画事業(フィルム・ライブラリー)である。開館日から、ビル内にあった80席ほどの日活の試写室をそのまま使用して映画の上映を開始。昭和37年には210席の映写講堂が完成して、フランス映画の回顧上映が行われ大成功を収めた。そして、昭和45年5月27日、約1年の改修工事を経て、遂に東京国立近代美術館の一部門として映画専用の施設『東京国立近代美術館フィルムセンター』をオープンした。その後も企画上映には多くの観客が訪れ、人気の監督特集には開場前から長い列を作ることなんて日常茶飯事だった。しかし、ここでしか観られない映画のためなら、そんな待ち時間も苦にならなかった。そんな至福の東京映画生活を満喫する中、事故は起きた。昭和59年9月に発生した火災によって、建物の一部と収蔵していた外国映画の一部、320作品を焼失したのだ。正にその週末に映画を観に行く予定を立てていた私は、その一報に目の前が真っ暗になった。

だが、そこからの動きは実に迅速だった。上映機能は一時的に竹橋の東京国立近代美術館講堂に移され、焼失したフィルムも東宝東和の川喜多かしこ氏と岩波ホールの高野悦子氏が先導して募金会を設立。多くの人々の協力によって、翌年には65作品が再び所蔵され、昭和61年には10年前から検討されていたフィルム保存施設、フィルムセンター相模原分館が完成。着実に映画という財産を守る体制が固まっていった。そして…火災から10年が経った平成7年5月12日、奇しくも映画生誕100年を迎える記念すべき年に、蘆原義信氏が設計を手掛けた地上8階地下3階の建物となって復活したのだ。地下1階と地上2階には35mmと16mmの上映が可能な大小2つのホール(大ホールでは70mm上映も対応)、1階は広々としたロビーと受付、4階には映画の図書室、そして7階にはポスターやスチル写真などのノンフィルムと呼ばれる資料の展示室が設けられた。上から下まで全てが映画の世界…午前と午後の上映の空き時間には、展示室か図書館に入り浸り、まさに映画にどっぷりと浸かれる場所となった。人気のある作品の時は早めに来て、ロビーで、NFCニューズレター(表紙のデザインが素晴らしく、中面も読み応えがある)を眺めながら開場までの待ち時間を過ごした。

そして…更に23年が経った平成30年4月1日に、日本で6館目の国立美術館『国立映画アーカイブ』として、新しい一歩を踏み出した。「実はフィルムセンターとなる前から、映画関係者の間では、独立した組織が望ましいという声があったのですが、ようやく機が熟した…という事ですね」と語ってくれたのは主任研究員の冨田美香さんだ。


「映画専用の建物にした時、必要最低限の施設を作ったのですが、更にソフトとハードを充実させていくステップがありました…転機となったのは平成21年でした」当時、フィルムセンター主幹の岡島尚志氏(現館長)が、アジア人で初の国際フィルムアーカイブ連盟の会長に就任したこと、そして同年7月10日には、現存する最古の日本映画“紅葉狩”の35mm可燃性デュープネガ・フィルムが、映画フィルムとして初めて重要文化財に指定された事である。映画フィルムの重要文化財の指定は、その翌年の“史劇 楠公訣別”と翌々年の“小林富次郎葬儀”まで3年連続で行われた。「フィルムセンターの活動が世界的に認められたと言ってもいいでしょう。また、国の重要文化財を所蔵する機関として、更に責任が大きくなりましたね」平成23年には相模原分館にフィルム保存庫の増築棟が出来、その3年後には重要文化財映画フィルムなどを主に保管する専用の保存庫が完成した。他にも急速なデジタル化という映画環境が世界的に激変した事も理由に挙げられる。「近年、撮影から上映まで全てがデジタルというボーンデジタル作品が非常に多くなっている。だから今はデジタルの保存も重要な問題になっていて、平成26年からデジタルの保存・活用に関する調査研究も進めてきました」こうしたステップと平行して、日本でも映画振興を推進して行く上で、フィルムセンターを独立して補強するのが望ましいという提言が出て来た。そうして、映画文化の保存と振興に向けた民間からの寄附も受け、『国立映画アーカイブ』は生まれたのである。


「映画を残す、映画を活かす。」というコンセプトは、あくまでも公開を前提とした保存という意味だ。行方不明のフィルムを探し出し、それを修復・復元してスクリーンに投影、上映が終わると適切な環境の元で保存する。映画は観てもらわないと意味が無い…つまり、保存と公開が両輪に成り立たなくてはならないのだ。勿論それは、所蔵されている8万点を超える映画フィルムだけに留まらず、80万点以上の書籍やポスター、スチル写真などのノンフィルム資料も同様である。保存だけを目的として非公開とするのではなく、100年後、200年後の次世代の人々にも、作品や資料にアクセス出来るように保存をする。今まで慣れ親しんで来たフィルムセンターという冠を外したアーカイブという名前は、保存と公開という両方を見据えた思いが込められているのだ。更に冨田さんは次のように続ける。「映画はアーカイブという発想を持たないと残らない。現在デジタルで撮影されている作品も含めて保存を考えないと10年後には、現在の映画でも、もう観られなくなる作品が多くなってしまうかも知れない。特にボーンデジタルの新作は…。この問題を『国立映画アーカイブ』という名前を通して多くの方に知って欲しい。一歩一歩ですが、現在ではフィルムとデジタル両方に対応した体制が出来始めて、質実共に独立した日本の映画アーカイブであると言えるようになったと思います。ようやくスタートラインに立ったという感じですね」

振り返れば、わずか80席ほどの試写室から始まった上映施設も現在は、310席と151席の2ホール体制となって久しい。おかげで、映画ファンは数多くの特集を通じて世界の名作に、ここで出会う事ができたのだ。この4月から大ホールは『長瀬記念ホール OZU』と改名された(多額の寄付をした長瀬映像文化財団と、日本を代表する映画監督の名前が付けられた)が、場内は今までと変わらず最高の環境を提供。6列目以降からスタジアム形式となっており、最後方の扉から入場すると想像以上の広い空間に圧倒される。70mmでの上映も可能で最近も黒澤明監督の“デルス・ウザーラ”が70mmで甦り、多くのファンが詰めかけた。上映が始まるまでの場内はBGMも無く静まり返っており、心穏やかに開映までの待ち時間を過ごす事が出来る。観客層も年輩の方が多く、映画に対して真摯に向き合っている凛とした空気が流れているのが心地良い。こんな広い場内も人気の特集ともなると、毎回、あっという間に満席となってしまう。以前は先着順に列を作って入場していたが、昨年から整理券を、今年からはチケットぴあと提携した整理番号付きの前売り券販売を導入。以前は1階のホワイエで何時間も前から並んでいたものだが、今では朝の開場時から当日分の整理券が配布されるようになった。遠方から訪れる人たちからは、前売り券を購入しておけば、せっかく来たのに満席で観れないという事にならないと好評だ。


『国立映画アーカイブ』に集まる目の肥えたシネフィルたちを創設時から魅了して止まないのは、何と言っても520円(学生・シニアは310円)という低料金で観賞できる特集上映だ。日本映画と外国映画の特集が、それぞれ2週間から長いものでは4ヵ月に亘って、徹底したフルラインナップが組まれている。中には数年がかりのシリーズもあり、その最たるものは約8年に亘って組まれた“日本映画の発見”であろう。戦前の無声映画時代から戦時下の国策映画…そして占領期を経て、1970年代まで様々な角度から日本映画を紹介しており、その作品群の背景から当時の日本社会が見える壮大な企画であった。生誕100年を記念した豊田四郎監督や成瀬巳喜男監督特集では過去最大規模の作品が上映されたり、監督だけではなく撮影監督や美術監督にも焦点を当てるなどファン感涙物の嬉しい企画が目白押しとなっている。他にも映画会社別に映画史を探求する企画や、逆に興行ベースに乗らないようなニュース映画や記録映画、ジャンクされずに運良く発見された独立プロのピンク映画など…取り上げる作品に制限は無い。最も古くから続く“特集・逝ける映画人を偲んで”は、数年おきに開催される追悼上映で、毎回ケタ違いの入場者数が記録されている。ここでは、新聞やテレビに取り上げられることの無い全ての映画人…映像に彩りを与えた脇役や、編集、美術、音楽等の裏方の皆さんに対して、敬意と惜別の想いを捧げる機会を提供しているのだ。そしてもうひとつ…最も『国立映画アーカイブ』の真髄を見る事が出来るのが人気の高いシリーズ“発掘された映画たち”ではないだろうか。これは、ある意味、収集と保存・復元を担当する部門の活動報告と言っても良いだろう。復元作業を施して公開に至った作品の貴重なお披露目の場になっており、ただ作品を観る…というのではなく、復元作業に携わった人たちの仕事に触れる事が出来る。

外国映画の特集上映も、日本では観る事が出来ないと思っていた作品がまとめて観られる事で好評の企画だ。平成8年に行われた“ジャン・ルノワール・映画のすべて”は、約4ヵ月に亘って、ルノワールが生涯に発表した全37作品の内現存が確認されていない1本を除く、関連作品を含む全作品の上映を実現させた世界でも類を見ない企画となった。このために母国フランスだけではなく、アメリカからもプリントを取り寄せて日本で全て字幕を付けるという大規模な作業が行われた。また、日本での上映が可能な作品を全て集めた“ハワード・ホークス映画祭”は、新聞社との共同主催であり、無料のシンポジウムが行われるなど大きな話題を呼んだ。世界でも最大規模となったホークスの特集…勿論、未見の作品が多いのも魅力だが、何より“三つ数えろ”には劇場公開版の他に米軍基地で上映されたプレリリース版なるヴァージョンが存在する事を知ったのが大きかった。最も印象に残っているのは、平成13年に行われた上映企画“イタリア映画大回顧”だ。この特集も約4ヵ月という規模で、ネオレアリズモからマカロニ・ウエスタンまで、ジャンルを越えた55作品を上映。これには目の肥えたシネフィルたちも大きな事件として捉えた。「こうした特集上映の企画を考えていく上で大事なのは、日常の上映をいかにキチッと繋いでいくか…つまり、ハレとケがあって、ハレも大事だしケも大事なんです」と上映企画を担当する主任研究員の岡田秀則氏は語る。こうした鳴り物入りの大規模な特集をハレとするならば、定期的に行われるケとなる日常の特集もまた同じように重要なのだ。例えば、オーストリアやロシア・ソビエト映画の特集といった大使館や文化機関と共同で開催される国ごとの特集上映がそれに当たる。毎年行われる恒例企画“EUフィルムデーズ”は、駐日欧州連合代表部と大使館・文化機関の共催によって、現在、ヨーロッパで活躍する若手クリエイターの新作が一堂に会する人気の特集で、この時ばかりは観客席も国際色豊かになる。映画ファンのみならず、その国の文化に興味を持つ普段の上映会では見かけない新しいお客様が多く来場されるのだ。



『国立映画アーカイブ』には、貸し出し専用のプリントがあることをご存知だろうか?これは、全国での上映活動を積極的に推進している事業で、日本の重要な財産でもあるフィルムで撮影された映画の素晴らしさを全国の人にも知ってもらいたい…という思いから、一定の条件さえ満たせば日本全国どこでもフィルムを貸し出してくれるのだ。条件というのは、フィルムを傷めずに上映出来る映写機二台を使って安全に映写出来る施設である事と、フィルムを適切に取り扱う技術を持っている映写技師がいる…という事だ。「フィルムで撮影された映画を公開当時と同じように上映して、観客の皆さんに映画の魅力や美しさを知ってもらえたら…というのが一番の願いです。先日、黒澤明監督の“生きものの記録”をオリジナルネガからニュープリントを焼いたのですが、その映像の白黒の階調や密度が全然違ったんですよ。その素晴らしさはスクリーンに投影された映像を観てもらわないと分からないと思うのです」ただ残念ながら、なかなか思うように貸し出しが伸びないという実情があると冨田さんは言う。


その背景には、各地でフィルム映写機を回せる技師が少なくなっている事にある。「今は全国的にフィルムを扱った経験がある映写技師は少なくなっているんです。それに、ひと昔前まではフィルムは一種の消耗品みたいなもので、映写技師さんはフィルムの扱いに対してそこまで一人で全ての責任を持たずに済んでいた。傷がついたらまた焼けましたし、機材のメンテナンスも業者さんに依頼すればすぐ出来ましたしね」同様に、殆どがデジタルで撮影されている今の時代においてネガからニュープリントを作れるラボが激減しているという現実もある。今まで当たり前のようにあったラボも事業を継続させるか…という問題に直面しているのだ。フィルム現像の技術を持っている専門家が少なくなり、コストが上がっているという現実がある。つまり今年焼けたプリントも来年は日本では焼けないかも知れないのだ。

そのためにも映写技師の上映技術の平準化は必要不可欠で、映写技師やフィルムを復元する技術者のためのワークショップを昨年から開いている。そこでは貸し出されるフィルムについて、より深く知ってもらう事で、フィルムの扱い方に留まらず配線や音響に至るまで、適切な映写方法を伝えているのだ。「私たちより映写技師さんの方が、フィルムとお客様を直接つなぐ重要な仕事ですから…参加された皆さんは納得していただけていますよ」こうしたワークショップを開催すると、地域の映写技師さんと交流を持てて、様々な課題も見えて来ると冨田さんは言う。「映画文化を保存する事を考えると、作り手も観客も育ってこその文化だと思います。私たちの使命は作り手の意図した作品をそのままお客様まで送り届ける事。そして次の世代を育成するためにも上映会を続けるのは大事なんです」年に一回でも地方の小さな映画館でフィルムに触れる機会があって、フィルムの映像ってキレイだね…と、一人の観客でも思ってもらえたら、映画の未来はまんざら暗いものではないかも知れない(2018年5月取材)


【座席】 『長瀬記念ホール OZU』310席/『小ホール』151席
【音響】 ドルビーサラウンド7.1ch(デジタル映画)/ドルビーデジタルサラウンドEX(フィルム映画)

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【住所】東京都中央区京橋3-7-6 【電話】03-5777-8600(ハローダイヤル)

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