かつて、学園祭や授業で映画を16ミリフィルムで上映していた時代があったのを覚えているだろうか?ビデオプロジェクターが主流になるまで、ポータブルの16ミリ映写機で映し出される映像は、学生にとって映画館と寸分違わぬ魅力があった。アメリカは16ミリ文化が発達しており、ハリウッド黄金期から、1890年代の映画創世記までの膨大なアーカイブが、各地の大学に存在していた。ホークス、ルノワール、グリフィス…その名を聞くだけで胸の鼓動が昂る作品群が、ここ15年程前から大量に放出されているのだ。大学の図書館が所蔵していた16ミリフィルムをデジタルに切り替える際に、処分を目的として、格安で売りに出されているのが原因だ。そんな16ミリフィルムの映画を40年以上前から集めて保存・上映してくれる何とも嬉しい映画館が大阪にある。それが1995年12月1日にオープンした『PLANET+1』だ。


大阪最大のターミナル梅田駅のほど近く。地下鉄谷町線の中崎町駅を降りてすぐのところに古いビルがある。カフェの隣の小さな扉から狭い階段を上がる。懐かしい“リオロボ”のポスターと、チラシの束が無造作に置かれたロビーの奥にある受付でチケットを購入して、ジョン・フォード監督の写真が貼ってある扉から場内に入る。ここでしか観られない16ミリの映画が始まるまでの高揚感を求めて映画ファンはやって来るのだ。「アメリカの場合は、レンタル業者や個人のコレクターもたくさんいて、フィルムにこだわらない人たちが、どんどん売るので簡単に手に入るんですよ。中には中西部にある大学のロゴが入ってる事もありますからね。それを本国にいる友人を通じて手に入れるんです」と語ってくれたのは、代表の富岡邦彦氏だ。「映画研究に関してアメリカの凄いところは、初期映画と呼ばれるヨーロッパの無声映画まで16ミリフィルムになっているところです。60年代後半からコッポラやルーカスが、UCLAでこうして映画の研究をしていたのでしょうから映画大国になる理由も分かります」こちらで上映される作品の中には、DVD化されていないどころか、日本未公開のお宝作品があり、映画ファンを自称するならば、ここの映画館を知らないのは大きく損をしていると言って良いだろう。

こちらの前身となるのは、現在、“神戸映画資料館”の館長を務める安井喜雄氏が、1970年代初めより国内外の貴重なフィルムのアーカイヴと上映を行っていた“プラネット映画図書館”だ。「当時からコアなファンの間ではその名前は知れ渡っており、僕も学生時代から通っていました」卒業後は黒沢清監督の脚本を手掛けていた富岡氏だったが、阪神淡路大震災があったのを機に大阪に戻ったところ“プラネット映画図書館”は休止状態。「だったら僕が…って上映を引き継いだんです」そこからフィルムの倉庫として使っていたスナックの空き店舗を改装して12年近く上映を続け、2007年に現在の場所に移ってから更に10年が経つ。「しばらくは字幕無しで年間100本近くの作品を上映したのですが、それでも観に来てくれるマニアックなファンがたくさんいました(笑)」と言われる通り、アメリカで入手したプリントには字幕は付いていない。最初は未公開の作品だけに付けていた字幕だったが、現在では上映作品全てに字幕を付けてデジタル投影している。「本当はもっと多く上映したいんですけど、僕一人でやっていて、制作には1週間から10日掛かるので、月に5〜6本が精一杯なんです」参考になる資料が無ければ、聴き取りで書き起こしたり、中にはフィルムが欠けて音が飛んでいたりと苦労も多い。


字幕を付けていると、当時のアメリカ映画の背景が見えるのが面白いと富岡氏は言う。例えばアルドリッチ監督の“カリフォルニアドールズ”は、劇場公開版には主演女優のヌードシーンがあったのだが、16ミリではガウンを羽織っているそうだ。「多分、テレビ放送版を16ミリにしたんでしょうね。70年代のハリウッドではよくある事で、テレビ放映権込みで製作費が出ているので、撮影時に劇場用とテレビ放映用の別バージョンを両方撮っていたそうです。他にも“クワイヤボーイズ”なんかスラングを使っているところはセリフを差し替えていましたから、そういう違いからアメリカ文化を研究したら面白いと思います」興味深かったのは、ロバート・ベントン監督の“レイトショー”という日本未公開作品の話し。ここにあるのは1977年のアメリカ公開バージョンだが、数年前にTSUTAYAが出したDVDはそれよりも短い…推測されるのはDVD版はベントン自身が気に食わなくて再編集を加えたのではないか?ということ。サム・ペキンパー監督の“ビリー・ザ・キッド”もレンタルビデオとは異なるバージョンだったりと、字幕を作っていると思わぬ発見の連続なのだ。

こだわっているのは字幕だけではなく、劇場のチラシには、サイレント映画の上映時間をコマ数でも表記している。「つまり、映写機はコマ変換を出来るように改造しているので、ちゃんと当時の速度でスムーズな流れで観れるんです。皆さんサイレント映画って動きがカクカクしていると勘違いしていますが、そんな事はないんですよ」作品によってコマ数が違っており、同じグリフィスでも、使っていたカメラによって速度が違うという。「例えばヴェルトフ監督の“カメラを持った男”のDVDは70分ですけど、実はあれは速いんです。16コマで上映すると100分になって、ここで監督が本当にやろうとした事が初めて見えて来るんです」また、これらのサイレント映画は鳥飼りょう氏によるピアノ演奏付きで上映されており、弁士とはひと味違った感情の起伏をスクリーンから感じる事が出来る。


まるで毎日が映画祭のような『PLANET+1』。様々な切り口で、他所では観られない作品をごった煮感覚(これが実に楽しいのだ)組み合わせてくれる。2015年に創立20周年を迎え、更に映画生誕120年という節目に、映画の歴史を遡るシリーズ<映画の樹>をスタート。映画を樹齢120年となる巨木になぞらえて1895年の初期映画から1960年代まで全22章で構成する壮大な企画だ。平行して何本もの特集が走っているが、短編長編合わせて300〜400本のアーカイブから、何を選んでどんな特集を組むかは決めていないという。「本当は監督特集をやれば一番お客さんが来るんですよ。実際、ジョン・フォードやアルドリッチ監督特集は人気があるのですが、だからといってそればかりをやるのはちょっと違うな…と」とにかく固定化せず、色々な作品を楽しんでもらいたいというのが富岡氏の思いだ。


ここでは、映画監督を目指す若者を育成する場も提供されている。それが、2004年から活動を始めたCO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪)だ。2階では昔の名作を振り返り、3階では未来の映画人を育てる…を二本柱として、今まで横浜聡子監督や石井裕也監督など第一線で活躍する監督たちを排出してきた。キッカケは20年ほど前に熊切和嘉監督が“鬼畜大宴会”を上映出来ないかと持ち込んだのがそもそもの始まりだ。「その後に今度は山下敦弘監督が“どんてん生活”を持って来たんです。ちょうどミニシアターがプロジェクターを導入するようになって、若手の映画監督たちが作品を撮りやすい環境が出来た頃ですね。そこからこのプロジェクトがスタートしました」現在は、映画の基礎を教えながら、過去の名作から学ぶ…までを一貫して学べるプログラムを組んでいる。

現在は、年輩の男性層を中心に、遠く東京や広島からも訪れている。「60〜70年代の作品が多いので、お客様の層としては、その時代を懐かしむ年輩の方が中心です」ここはシネフィルが勉強に来る場所ではなく映画を楽しむ場所にしたいと繰り返す富岡氏。「だからコメディをやると映写室にも場内の笑い声が聞こえて来ますよ。それが健全な映画の観方なんです」最近は少しずつ若者の姿も見えるようになってきた。「若い学生さんなんか、こんなイイ映画があったんだ!ってビックリしてますよ。こうやって徐々に映画の面白さに気づいてもらえれば…と思います」とは言うものの膨大なフィルムの保存が大きな課題のひとつ。「基本的に僕個人のコレクションですから。美術館みたいに温度管理された保管所があるわけではないので大変です」それでもフィルムという文化を過去のものにしないよう紹介し続けたいと述べる。「やっぱり映画はフィルムです。多くの人にフィルム知ってもらいたい。こんな事をやっているのって、日本全国を探しても僕だけだろうからね」と笑う。(2018年1月取材)


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