秋田県北部に位置し、青森県との県境にある四方を山に囲まれた大館市は、忠犬ハチ公の故郷として知られている。JR奥羽本線の大館駅に降り立つと、ハチ公の銅像が出迎えてくれる。初雪が降る11月の大館は盆地だからだろうか…吐く息も真っ白だ。人通りもまばらな早朝のメイン通りを歩くこと5分足らず…突然と映画館『御成座』が姿を現す。その佇まいから、駅にはこうした映画館が当たり前のようにあった昔を思い起こさせる。昭和27年に『御成座(設立時はオナリ座)』は、木造1階建ての洋画専門のロードショウ館としてゲイリー・クーパー主演の『暁の討伐隊』をこけら落としでオープン。3年後には火災によって焼失するも、早々に再建されてから50年以上も街の映画館として親しまれてきた。最盛期には市内に5館の映画館が軒を連ねていたが、映画の斜陽化が囁かれだした昭和40年代に入ると映画館の数も減少。『御成座』も一時は成人映画館として活路を見出し、平成9年に公開された“タイタニック”には青森県からも多くの人々が詰めかけ超満員となった。しかし、シネコンの進出や娯楽の多様化によって、経営状況は悪化の一途をたどり、平成17年に閉館する事となった。それから何年もの間、映画館は手つかずのまま放置されていたのだが…

平成26年7月18日、実に9年ぶりに『御成座』は復活した。千葉県で電気工事会社を経営する切替義典氏が『御成座』を買い取ったのが始まりだ。「いや、最初は映画館として再オープンする気なんて全然無かったんですよ」と、意外な言葉が切替氏から飛び出した。「仕事の関係で、秋田に住むことになって、いい物件があるからと聞いて見に行ったのがココだったんです。映画館って知ったのは中を見せてもらった時ですよ。普通に自分だけの劇場で映画を観れるというだけで購入を決めたんです。だって、外観がボロボロだったからね(笑)そんな状態で映画館をやろうなんて思わないよ。僕自身ずっと映画業界とは無縁の建設系の人間でしたから…」子供の頃から映画好きで、いつか自分の映画館で映画を観るのが夢だった切替氏にとって、ボロボロでもスクリーンと椅子があるだけで満足だった。「だからと言って、自宅兼事務所として考えていたので、さすがにある程度キレイにしなきゃ妻も子供も呼べないな…と思って」ガラスも割れ、ドアも外れ、電気はインバーターが壊れていたため、一部しか電気がつかず、その修復から始めなくてはならなかった。おまけにロビーの壁は改装を繰り返されていたらしく、色も柄もバラバラ…しばらくは一人で悪戦苦闘の日々が続いた。「自分で壁を白く塗ったりしたんですけど、乾くと下地がまた浮き出て…そんな事の繰り返しでした」


「震災の後でしたから耐震基準や消防法は大丈夫か?映写機はまだ使えるのか?フィルムを扱える映写技師さんはまだいるのか?…なんて分からない事だらけでした」意外にも構造はしっかりしており、耐震基準は早々に県から、問題なしと、お墨付きをもらった。ところが消防法に関しては全て取り替えなければ許可が下りないという厳しいものだった。「これに一番お金が掛かりましたね。貯金も無いから地元の業者さんに分割にしてもらって…」それにしても千葉から大館に来たばかりの切替氏は、信頼関係を築くために、何回もお願いに通ったそうだ。「あと映写機についてはメーカーの人に見てもらったら取りあえず動いたのですが、果たして古い映写機を動かせる映写技師がいるのか…インターネットで募集広告を出したところ、何と全国から4人くらい応募があったのは驚きました」そのうちの1人、遠藤健介氏は、現在は映写技師と支配人を兼務しており、切替氏の良き右腕だ。劇場に住み込みで朝早くから映写室でフィルム上映の準備をする。映写室はお宝の山で、前経営者がそのまま置いて行った看板や資料など、今でも意外なところから思わぬものが発掘されるのが面白いと語る。中には表に掲げられている『御成座』の館名看板で、ずっと行方不明だった『座』がひょんなところから出て来たという。

切替氏が高所作業車を使って外壁のペンキ塗っていると、通りがかりの街の人から「また映画館やるんですか?」と、頻繁に聞かれるようになった。作業をしていると地元の人は当然、オープンするために改装していると思うのも無理は無い。やがて、その人数は10人とか20人のレベルではなく、とうとう切替氏の姿を見るたびに話しかけるようになった。「お隣の山田旅館にも、建設会社の事務所として挨拶をしていたのですが、2ヵ月したら、“映画館やるんですって?大変ですね〜”って言われて(笑)。もう、どこからそんな話になっているのか?噂が勝手に一人歩きしていたんです」いつかは収まるだろうと、敢えて否定はせずにいたところ、突然、4丁目の商店街の人たちがやって来た。「“映画館をオープンするって聞いたけど本当か?”って聞かれて、さすがに、そこでは否定すると、“何だそうなのか?やるんなら応援するけど…”って、言ってくれたんです」実は、ちょうどその頃から切替氏の心境にも変化が訪れていた。「掃除しながら段々キレイになるに従って、このままというのも勿体ないな…っていう気になっていたんです。またココにお客さんが来るようになったら、スゲーなって」映画館経営のノウハウも無く、改装費にいくら掛かるのか全く見えない中で、切替氏は情報を集め始めた。


準備は全て整った。後はオープンに向けてコツコツ進む予定だったのだが…。「まず大館市に挨拶に行ったんだけど、ビックリした市の担当者がマスコミに流しちゃったんです」週末は映画、平日はイベントを開催すると新聞で紹介されると、それを見た地元の人たちから問い合わせが殺到したのだ。「オープンしたら、のど自慢とかカラオケのイベント会場として使わせてもらいたい…って、まだオープンの日なんて具体的に決まっていなかったのに、どんどん話だけ先に進んでしまったんです」最初は来年の夏くらい…と地元の人に言っていた切替氏だったが、年を明けると、夏って何月?と主催者から日にちが絞り込まれて、とうとうオープン日を決められてしまった。「毎月の浮いたお金でペンキ買ったり絨毯をちょっとずつ増やしたり、自分のペースで修繕しながらオープンするつもりだったんですけどね(笑)。最終的には、ウチの社員と地元の映画サークルの人たちの協力を得て何とか完成に漕ぎ着けました。興行許可が降りたのはオープンの2日前、保健所の許可は前日に降りるといったギリギリのスタートでした」

そして、いよいよ復活を待ちわびた多くの市民や映画ファンが見守る中『御成座』はオープンを迎える。国内外の名作がフィルムで観られる…と、県外からも大勢のシネアストが押し掛けた。その後、“ひまわり”や“鉄道員”そして“幸福の黄色いハンカチ”といった作品がスクリーンを彩った。またその年の正月興行から、入口上に朽ちたままの看板枠を新設して数年ぶりに絵看板(懐かしの“男はつらいよ”と“釣りバカ日誌”)が復活した。「今では看板を描ける人はいないし…だったら自分たちでやろうと、裏の工房に残っていた看板に僕と遠藤君で描いてみたんです。年末で忙しくて間に合いそうにもなくなった時は、来場していたお客さんにも手伝ってもらったりして(笑)雪降る中、掛けたのをよく覚えていますよ」その様子がテレビで取り上げられると、それを見た地元の映画サークルの人が、自分は絵心があって学校も出たから描かせて欲しいとボランティアを名乗り出た。「何か記念の時にまた自分たちでやろう…程度に考えていたんですけど、おかげで今は作品が変わるたび絵看板を楽しみにしてくれる人が増えて、ウチの名物になりました」平日には市民主催の大のど自慢大会などのイベントが次々と開催され、平成27年6月には柴咲コウがカバー・アルバム発売記念企画としてコンサートを行っている。



正面入口の扉を開けるとチケット売り場がある。そこにはカーボン式の映写機が展示されていたり、自由に読む事が出来る映画関連書籍が並んでいる。ロビーでは、一昨年、屋根裏で発見された大量のポスターの展示会も行われた。注目して欲しいのは棚にビッシリと並んでいる切替氏が中学生時代にテレビ放映された映画を録画したVHSのビデオテープだ。丁寧に映画のタイトルを手書きで書かれたラベルを見たお客様から、私もやっていました…とツイッターにたくさん寄せられたという。「誰が見るわけでもないのにラベルを書いて自分の部屋に飾っていたんですよね。たまに内輪でVHS映画祭なんてやったりして…」フィルムとブルーレイの上映が可能な場内は昔から変わらない風情を残しつつ、イベントに使うDJブースと最新の音響設備を増設、昨年の秋には照明も新しく導入した。映画館を独り占めできる「個人貸し館」は2100円というリーズナブルな料金設定となっており、恋人や家族の記念日に是非、利用していただきたい。

映画館を始めると腹を括っても、切替氏は完成直前まで、家族や親族には知らせていなかった。「何となく噂を耳にした僕の親から嫁さんに、何かやっているみたいけどやめさせなさい…って言われていたらしいですけど、僕も始めちゃったらもう止められなかった」契約した日…まともに電気もつかないボロボロの映画館で一人寝た時の事を今でも忘れないという。「さすがに怖くてね(笑)布団にうずくまっていたんだけど、我慢出来なくなって車で寝たとか…その日から今まで色んな事がありましたね」上手くいかなければ、やめればイイ…そう思っていた切替氏だったが、周囲の応援と期待から簡単にはやめられないと、覚悟を決めた。今では二階の住居スペースで家族と社員が住み込みで映画館の切り盛りをしている。「苦労はいっぱいあったけど、楽しいからね…やって良かったです」と述べる切替氏の言葉から、好きな事は強い!と、つくづく思う。(2016年11月取材)


【座席】 200席 【音響】SRD-6ch

【住所】秋田県大館市御成町1丁目11番22号 【電話】0186-59-4974

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