「こんな映画が観たいんだけど…」とか「こんなゲストを呼んで欲しいんだけど…」など、マニアックな観客の底なしの要望に、面白ければ応えてくれる、そんな映画館が横浜の下町にある藤棚商店街に、平成27年2月7日オープンした。座席数は僅か28席…日本一小さな映画館を自負する『シネマノヴェチェント』だ。「元々、“文芸坐”や“大井武蔵野館”みたいな名画座をやりたかったんですよ」と語る代表の箕輪克彦氏は、平成14年8月…川崎に自称世界初のシネマバー『ザ・グリソムギャング』をオープン。通常の映画館ではやらない特異な作品でシネアストたちのハートを掴み、着実にコアなファンを増やしていった。「映写機さえあればどうにかなると、とりあえず格安でポータブルの移動映写機と16ミリの映写機を購入したんです。で、映写機は揃ったから、あとは場所だな…と(笑)」


しんゆりに市民映画館を作る会を立ち上げて、自主上映会や映画祭の手伝いをしながら、いつかは自分の好きな映画ばかりを掛ける映画館を…という思いで踏ん張り続けていた箕輪氏。ちょうど良いタイミングで、親が所有していたビルのテナントに2フロア空きが出た。「どうせやるなら映画館だけじゃなく、飲み食い出来るスペースがあればイイな…とバーを併設したんです」箕輪氏が考えたのが、週末にトークショー付きの上映会を行い、終了後はバーでゲストを囲んで交流会をやったら面白い…という事だった。「トークショーも時間無制限でしゃべりたいだけしゃべってもらう。おかげで常連さんも増えて、監督や役者さんも面白がって来てくれるようになりました」来場されたゲストは、名優・原田芳雄氏を始め、藤竜也氏や石橋蓮司氏など、錚々たる顔ぶれ。「こんな名の知れた俳優さんは来てくれないだろうなぁ〜と、ダメ元でお願いしたらイイよって二つ返事でOKをもらえたんです。真の映画人である皆さんは、ギャラは問題にしていないんですね」場内の狭さも観客とゲストの距離を縮める結果となった。「ゲストがお客さんの顔を覚えちゃうくらい。何度も来てくれるお客さんに“なんだ、お前また来てんのかよ”って声かけていただいたり…」オープンから3年目、その光景を見た時、こりゃイイな…と、箕輪氏は手応えを感じた。「狭さを逆手に取って、これはウチだけの持ち味になるなと。そのうち、お客さんから自分でこの人を呼びたいって言い始めたんです。勿論、僕は経費を出してくれるんだったら問題ないので、言ってみれば常連さんに貸館しているようなものですね」また、複数のお客様のアイデアが加わる事で、上映作品の裾野が広がった。

そんな映画ファンと映画人に親しまれていた『ザ・グリソムギャング』も平成25年、ビルの老朽化による取り壊しで閉館。「最初は建て直したビルの1階にリニューアルオープンする予定だったんです。1年前からサヨナラ年間と触れ込んで煽りまくったんですが…」ところがここで想定外の事態が。「最初に業者から出ていた見積もりには映画館の費用が含まれておらず、結果、予算を大幅にオーバーする事が分かったんです」箕輪氏は仕切り直して映画館として使えそうな物件探しをイチから始めるのである。「最低30坪のワンフロア、厨房設備が付いている居抜きで、かつ映画館をやっても良い…しかも家賃は今までと同じ、なんて超ムシのイイ物件をあるわけないよなぁ〜と思いながら探し始めたら、この物件に出会ったんです」広さも35坪、役所と消防署からも映画館としての営業は問題ないとお墨付きを得た。「難点は駅から遠くて最初はどこにあるんだ?って(笑)でも、こんな条件で出来る物件なんてどこにも無くて、商店街が好きな僕としては藤棚商店街の寂びれ感がたまらなかった。つまり映画の神様がココでやりなさい…って事なんだと思って決めたんです」


茨城の絵看板師・大下武夫氏が描いた古今東西スターの看板がズラリと貼り巡らされている外壁に誘われて細い階段を2階へ上がると、売店を兼ねた受付に無造作に置いてあるチラシやプレスシートが気分を盛り上げる。入口付近の棚には閲覧自由のパンフレットや関連書籍、ワンコインで一皿盛り放題の駄菓子コーナーが。場内の黄と紫ツートンの椅子は閉館した“吉祥寺バウスシアター”から譲り受け、映写機もワンロールのものに新調。「ちょうどシネコンがフィルム映写機を廃棄してデジタル映写機に移行していた時だったので、掘り出し物は結構あったんですよ。16ミリ映写機も破格の値段で出物があったので新たに買いました」そして32席のバー「トラットリア ノヴェチェント」も併設。こうして、本来、箕輪氏が求めていた理想的な映画館の形が『シネマノヴェチェント』で完成したのである。

オープニングは“25”の上映と、望月六郎監督らを招いてのトークイベント。「ウチは川崎時代から圧倒的に男性客が多く9割以上で、常連さんに支えられています。オープン時は好奇の目で見られていたと思いますが全く認知されてませんでしたね」と当時を振り返る。ここでしか観られない通好みの作品もあるから、遠方から来場される方も少なくない。今まで行って来たトークイベントの一部を上げてみても“落陽”の上映に加藤雅也氏を招いたり、中野昭慶監督特集では“エスパイ”や“東京湾炎上”などの怪作を、関本郁夫監督特集では“およう”“極道の妻たち 死んで貰います”の上映を監督のトークイベント付きで行っている。また監督や俳優だけに留まらず、70年代〜80年代に東宝東和の宣材ビジュアルデザインを手掛けて来た檜垣紀六氏と中平一史氏を招いたり、ナポレオン・ソロのロバート・ヴォーンの吹き替えで御馴染みの矢島正明氏の出版記念トークイベントを開催したり…と枚挙に遑がない。ユニークなのは、“今夜は名画で、さつま揚げNight !!”と銘打った商店街のかまぼこ店とのコラボ企画。特別ゲストとしてゴジラ俳優の薩摩剣八郎氏(駄洒落!)が来場した。


えっ?こんな作品も上映しちゃうの?という奇抜すぎるラインナップが『シネマノヴェチェント』の特長。例えば、日本アニメーション40周年記念として“母をたずねて三千里”と“赤毛のアン”の全話をオリジナル16ミリプリントで1ヵ月間特集を組んだり、ゴジラシリーズの中でも敢えて“ゴジラ対メガロ”を持ってきたりする。「ゴジラシリーズはあらかたやっているので、どうせやるならやっていないものをやろうと。正直、駄作とか評価はどうでも良いんですよ。ウチに来るお客さんはゴジラならば何だって良い(笑)。実際、オープンしてからこの半年で初めて札止めになったのがこの“ゴジラ対メガロ”でした。信じられないでしょう?ジェットジャガーですよ(笑)」ニュープリント上映に加えて主演の佐々木勝彦氏が来場、当日は大いに盛り上がったという。こうしたイベントも予算の範疇に収まるようアイデアを出すのが一番苦労すると箕輪氏は続ける。「やりたいものは山ほどありますけど、金が折り合うものからやってくわけです。そうすると作品が絞られてしまい駄作もたくさんあるんです。ならば駄作をネタに楽しむ方法を考えようと…」そこから発生したのが、映画をネタとしてイベントを主体にする逆転の発想だ。バーが併設されているという強みを活かして、イベント終了後はゲストを囲んで飲み会が行われる。「“河童のクゥと夏休み”の時なんか、最初から監督に朝まで飲み会をやるつもりでお願いして、レイトショーのイベントにしたんですよ。もう終電が無いから逃げ場がないわけで、12時あたりから朝までウダウダ飲んでいるだけなんですけど(笑)、これがものすごく盛況でお客さんも喜んでくれました。人間、追いつめられると色々考えて次の一手が生まれますね」

そして新たに加わったイベントが参加者がテーマに沿って自分の好きな作品をプレゼンする“シネマ・バトルロワイヤル”である。プレゼン終了後に行われる投票で、見事一位になった作品を後日、上映してくれるというものだ。「ウチに入り浸る人たちから出たアイデアなんです。面白そうだったから、それやろう…ってすぐ実行しました」プレゼンターとして参加するもよし、最初は様子見でオーディエンスとして参加するもよし。特撮、ホラー、ガンアクション…と、毎回違うテーマで自分の愛する映画について熱弁が振るわれる。「特撮の回なんかクオリティが高いからビックリしました。どれだけ作品が好きか、思い入れを語れば、自ずと話は面白くなるんですよ」オーディエンスで参加しても飛び入りで発表する人が多いのも頷ける。「その後の懇親会まで皆さん居残って、毎回盛り上がりますよ。好きなものを勝手にくっちゃべっていればイイだけの話ですから、あまり深く考えるとダメですね」


 

以前、70年代オールスター映画特集で上映された“メテオ”は川崎時代に札止めになった人気作で、今回初めて上映した“特攻!サンダーボルト作戦”は通常興行記録を打ち立てた。「“メテオ”なんて色が劣化して今の若い人が観たら何コレ?で多分終わっちゃうんでしょうけど、この色が時代の流れと思って観に来るのがウチのお客さんなんです。“特攻!サンダーボルト作戦”なんかDVD化されているにも関わらず観に来てくれる。やっぱりみんなスクリーンで観たいんだね…そういう人たちがいたのが嬉しかった。映画館でフィルムで観るのが映画だ…と続けているだけなので、14年前からやっている事も気持ちも何も変わっていない」と箕輪氏は語る。同時に、現在がんばってる若いクリエイターを応援する特集上映も定期的に行われ、フィルムとデジタルをフル活用している。そしてもうひとつ、力を入れているのが自社配給の“恐るべき相互殺人”と“ファイナルオプション”。「ずっと夢だったんですよ…自分でやりたい映画の配給をやって、自分の映画館でかけるのが。ちゃんと権利元に権利料払って、フィルムも現地で焼いてもらって字幕は日本で付けました。今後も年に1本くらいは配給したいですね」

「今の僕にとって映画館とは…映画を観ると同時にコミュニケーションできる場所なんですよね」と語る箕輪氏。映画館の枠を取っ払って、一方的に提供する場ではなく、お客さんから面白いネタをたくさん振ってくれる場。今、そこから作り手も巻き込んで新たな交友関係が生まれている。「今度、監督を連れて旅行に行こうっていう話も出ているんです。で、旅先の旅館に8ミリを持って行って上映会するとか楽しいでしょう?」お客さんには『シネマノヴェチェント』は別荘みたいな感じで、映画で遊ぶ「遊び場」にしてもらいたいと言う。曰く…他所の映画館と比べてまともな映画館じゃないと自負(?)する箕輪氏。まだまだ計画通りの収益は上がっていないと頭を抱えてコボしながらも、常連さんの話をする時に見せる嬉しそうな顔が印象に残った。(2015年8月取材)


【座席】 28席 【音響】SRD5.1

【住所】神奈川県横浜市西区中央2-1-8岩崎ビル2階 【電話】045-548-8712


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