九州の玄関口として戦前から活気を帯びていた街ー小倉。近代日本を支えてきた工業地帯として、かなり元気の良いヤンチャな九州男児が明け方まで遊ぶ姿がアチコチで見られる。小倉駅から歩くこと10分足らず…昔ながらの風情を残すアーケードをブラブラと散策していると、大正時代より続く九州の台所と呼ばれる旦過市場が現れる。何本もの路地が入り組み、生鮮食料品の店が軒を連ねる…そんな市場の横手に名画座『小倉昭和館』がある。

創設されたのは、戦前の昭和14年。メイン通りから少し奥まった場所にあるにも関わらず、昔馴染みの常連は勿論、中にはお隣の山口県下関市から海を渡って訪れるファンも多い。最近は少なくなった二本立興行のムーヴオーバー館として、数多くのシネフィルに親しまれている。





座席数 600席を有する邦画専門の映画館として賑わいを見せていたが、設立当時は芝居の上演も行う芝居小屋も兼ねており、全国を巡業する片岡千恵蔵や阪東妻三郎など多くの有名一座が公演したという。昭和30年代の映画全盛期には館名を“小倉東映”に変更して東映作品の上映を開始。この頃から映画専門になり、近隣の三萩野町に“日活館、“東宝富士館(後の第二東映)”、そして木町に“木町東映”をオープンして活況を呈していた。4館ある劇場の内3館は東映の専門館だったという事から、当時の東映がいかに勢いがあったか想像出来る。正月興行として公開された“仁侠東海道”にはコチラ以外にも他の3館でも上映を行ったところ1日1万人を動員したという記録を打ち出したという。その後、東映から松竹作品の上映館となり、館名を“小倉松竹”に変更している。






平成に入ってからは、それまで邦画専門で上映を行ってきた『小倉昭和館1・2』は東宝洋画系を中心とした洋画の封切りを開始。平成8年からは人気テレビアニメの映画版が大ヒット、昭和30年代以来の高い観客動員を記録した。それから子供向けのアニメ(ポケモンと名探偵コナン)と言えば『小倉昭和館』と言われるほどの人気を博し、更に折からのミニシアターブームを受けて2スクリーンの強みを活かし、単館系の作品の上映も開始する。

平成12年に駅前にシネコンが進出し、平成16年にはとうとう市内にある既存の単独館は『小倉昭和館』のみとなり、封切り作品に加えてムーヴオーバー作品二本立興行を始めた。「単館系の作品一本だけだと動員が読めなくても、二本立ですとお客様もどちらか目当てで来ていただけるので、中には目的の作品よりも、もう一本の方が良かったわ…という方もいらしたりして、これが二本立の良さだと思います」と語る前原支配人。作品の選定はスタッフ全員で意見を出し合いながら決めているというが、一本だと興行的に厳しい作品でもメジャー系の作品と抱きあわせる事で観てもらえるチャンスを広げられるというわけだ。ムーヴオーバーと言っても北九州初公開という作品も多く、それでも二本立で観賞出来るのは何とも羨ましい話だ。

昭和40年代に入ると、映画も斜陽の時代に入り映画館だけでは経営困難となった『小倉昭和館』は600席あった座席を減らしパチンコ店を併設(現在の『小倉昭和館2』)。新しい娯楽としてパチンコ店は映画館を支える事となるが、時代はますます映画産業を切迫し、小倉にあった映画館も半分が閉館となり、“日活館”、“東宝富士館”も閉館を迎える。その内、パチンコ店も昭和40年代後半には大型店の進出などで低迷するが、ちょうどその時、映画館を救ったのが日活が経営転換して登場した日活ロマンポルノであった。それまでのピンク映画と異なり上質の内容から多くのファンが映画館に戻ってきたのだ。当時は、人気女優の舞台挨拶も頻繁に行なわれ活況を見せていたという。「今でも60歳前後の方では、ウチでポルノをやっていると思われている方もいらっしゃいますよ。最近はオシャレなお店とか周辺の雰囲気がレトロだということで若い女性が訪れていますけど、昭和の頃は明るいイメージではなかったので、この界隈は女性や子供は小走りで通り過ぎようとする場所だったんですよ」と語ってくれたのはコチラの支配人になって10年、アルバイトから数えると15年『小倉昭和館』の業務に携わってこられた前原美織支配人だ。その後、昭和57年にパチンコ店を閉店し、『小倉昭和館2』をオープンする。






30代から40代の女性が70%を占める現在の客層から、大人向けの良質な作品がメインとなっており、バイオレンスものやアクション作品は少ない。最近では年輩のご夫婦が連れ添って観に来られる姿が多く、「女性向けの作品でもバラエティーに富んだ二本立ならば、例えばご主人の好みが奥様と違っていても“意外と面白かった”と満足されて帰られる事もよく見受けられるので…出来るだけそういったプログラムを組めるようにしています。こうした贅沢な組み合わせも田舎だから出来るのかも知れませんね」と前原支配人は笑う。

「とにかくシネコンが出来た当時は、どんどん数字が落ちて…そこで1館を二本立にしたところ、そちらの方が成績が良かったんです」それを半年間続けて数字が落ちることがなかったため両館ともムーヴオーバー二本立のスタイルにしたという。「元々、パチンコ屋から映画館にした時は二本立興行でしたから…言ってみれば昔のスタイルに戻しただけなんですよね」今ではすっかり二本立が定着して、梯子をされるファンも少なくない。平成21年からは昔の名画の特集上映を開始して、ユニークなカップリングで(最近では勝新太郎と若山富三郎の兄弟特集を行っている)週替わり二本立6作品を上映して人気を博している。「それまではドキュメンタリー映画の特集を組んだりもしていたのですが、果たして古い映画を上映してお客様がいらっしゃるのか…正直、半信半疑だったのですが、松本清張の生誕100周年記念の特集上映を1ヶ月行い、有馬稲子さんもゲストで来場いただいたところ立見が出る大盛況で、私たちも驚いた次第です」今ではどういった切り口で作品を選ぶか?に頭を悩ませ、時には古くからの映画に詳しい常連さんに相談に乗ってもらったりする事もあるそうだ。「古いものを残す事は大切ですが、時代に取り残される事は避けたい…と思うんです。古いものを大切にしながら新しい風(かぜ)を起こしたいと思います。今となっては小倉にある映画館はシネコン以外ではウチだけになってしまいましたから、『小倉昭和館』でしか出来ない事をやっていけたらイイなと」





今、急速にデジタル化が進んでいる興行界だが、アナログの良さも残した映画館というのを強みにしたいと、前原支配人は語る。映画の良さは暗い映画でも背中を押してくれるるところにある。「お客様が帰りがけに“元気が出たわ”とおっしゃっていただけるのが、何よりも嬉しいですね」常連のお客様が多く、年輩のお客様でしばらく来られなかったのを気にされて、久しぶりに顔を見せられた時に「ずっと来たかったのよ~」とスタッフに語りかけてこられる方もいたり、映画を観賞するだけではなく『小倉昭和館』に来る事を楽しみにされているお客様が多いことを物語っている。「毎週来場される方や、中には毎日来られる方もいらっしゃいますから…そうしたウチの劇場を楽しみにしていただいているお客様と触れ合うと、無くしちゃいけないなって肝に命じますね(笑)」何よりも映画館を継続していく事が大事。そのためにもどんどん劇場側から情報を発信していかなくては…と語る前原支配人の言葉に『小倉昭和館』が繰り出す次の仕掛けが楽しみになってきた。(2011年9月取材)



【座席】 『スクリーン1』270席/『スクリーン2』100席 【音響】 DTS・SRDSDDS(スクリーン1のみ)

【住所】福岡県北九州市小倉北区魚町4-2-9 【電話】093-551-4938


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