葡萄の産地として数多くのワイナリーを有する山梨県。昭和36年1月―葡萄園の真ん中から突然、温泉が湧き出して温泉地として発展した石和温泉郷は、JR中央本線で東京から2時間足らず…秋になると多くのワイン好きが、その年に収穫された葡萄から出来たワインをテイスティングするためにワイナリーを訪れる姿が見られる。石和温泉駅から葡萄畑の間をすり抜けるように歩くこと15分…本当にココに映画館があるのだろうか?と不安になってきたところに、葡萄園のど真ん中にポツンと佇む映画館『テアトル石和』が現れる。ひと気の無い乾燥した土地に建つ姿は、まるで“バグダッド・カフェ”に出て来るダイナーのようにシュールだ。それまで葡萄園しか無かった場所に温泉が湧き出した事から石和駅前には温泉旅館の他にも娯楽・遊戯施設が続々と作られていった。ちょうど、その頃―昭和44年にオープンしたコチラ『テアトル石和』も、そうした温泉好景気の中で誕生した映画館である。設立当初は正に成人映画が全盛の頃で、夜は成人映画、日中は東映のヤクザ映画を交互に上映されていた。駅の近くにストリップ劇場があったり、温泉地の歓楽街の延長線上にコチラの劇場が位置しており、昭和50年代までは温泉に宿泊していた社員旅行の団体客が多く訪れていたという。現在では、成人映画からは手を引いて、邦画・洋画問わずムーブオーバー館として二本立、時には三本立興行を行っており、900円から1000円前後の安い料金設定をされている。街自体が活気溢れていた昭和40年代には、石和温泉にも数館の映画館が軒を連ねていたものの映画の斜陽に伴い、年を追うごとに次々と閉館していき、とうとう笛吹市内には、コチラ『テアトル石和』を残すのみとなってしまった









入口を開けると自動券売機があり、その奥にロビーが広がる。場内に入る扉の真鍮の取っ手は、設立当時から変わっておらず、多くの観客を迎え入れてくれた劇場の歴史を物語っている。小じんまりとしたロビーに設置されているベンチに腰を掛けていると、場内からかすかに上映中の効果音が聞こえて来る。待ち時間に聞こえて来る場内の音に心ときめかせ、モチベーションが上がって行くのも快感であった。現在の新しい映画館では、ロビーに音が漏れる…なんていう事はあり得ないのだが、『テアトル石和』では、クライマックスの爆発音を聞きながらドキドキしていた“映画館の風情”を思い出させてくれる。開始のベルが鳴ると慌てて売店でポップコーンや固くなったソフトアイスを買って場内に入ると、冬に私用されているボイラー特有の香りが仄かに漂う。外から見た映画館の建物自体はそれほど高い印象は無いのだが、場内に入ると外観の印象以上にゆったりとした空間であることに驚かされる。中央まではワンスロープだが、後方カマボコ型の背もたれシートのブロックから段差が激しくなる。また、左右壁側の座席はゆったりとした革張りのシートで一人で贅沢にノンビリと観賞したい方やカップルに是非、ご利用いただきたい席だ。シネコンの影響もあり、年々客足が遠のいているものの、お年寄りがブラリと訪れたり、学校や仕事帰りに仲間同士で来る地元のファンに支えられている『テアトル石和』。夜になると真っ暗な道に遠くからでも映画館の看板が煌煌と浮かび上がる。きっと地元のファンは今も昔と変わらず、その灯りに引き寄せられるのかも知れない。葡萄園の真ん中にある非現実的なシチュエーションで観る映画はひと味違って感じられるだろう。(2008年10月取材)



【座席】 120席 【音響】DS・SRD

【住所】山梨県笛吹市石和町八田291 ※2018年2月28日を持ちまして閉館いたしました。


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