かつて私たちが住んでいた街に映画館が必ず1館はあった。時代は流れ映画館は街から姿を消し、電車で映画を観にいく事が当たり前の世の中になってしまった現在(いま)…東京の郊外を走るJR中央線にある閑静な住宅地─阿佐ヶ谷に1998年11月、映画館がオープンした。懐かしさの残る店舗が建ち並ぶスターロード商店街を抜け、住宅地の真ん中に突然現れるユニークな外観。丸みのある土壁のビルを見上げると風車が風に吹かれてクルクル回っている。その個性的なデザインは道往く人々の足を止め「何だろう?」と中を覗き込む…その名も『ラピュタ阿佐ヶ谷』。宮崎駿のアニメ映画“天空の城ラピュタ”から採った館名が示す通り、オープン当初はアニメ映画専門館としてスタートを切った。








オーナーである才谷遼氏自らが設計案を考えたこだわりは、外壁に淡路島産の土を使用したり階段などには廃材を上手く活用したりと至る所に見えている。「この劇場はどうしても映画館をやりたかったオーナーが、自分のやりたい事や理想を込めた劇場なのです。オーナー自身は漫画家の永嶋慎二さんが大好きで…そのためアトリエがあった阿佐ヶ谷に対して強い思い入れがあったそうです」と語ってくれた支配人の石井紫さん。館名にも設計にも、そして場所にもオーナーである才谷氏の思い入れが随所に詰まっているからこそ同じ夢を求めるファンが何度も足を運ぶのであろう。

オープニング作品はロシアのアニメ作家ユーリー・ノルシュテインの特集上映という作品選定にまで徹底したこだわりを見せ、当日は立見が出る程の盛況ぶりであった。当初はアニメ映画を中心としていたが、オープンして間もなく都内の名画座“並木座”“大井武蔵野館”などが次々と閉館。日本映画を専門で上映する劇場が減少の一途を辿っていた。日本映画を愛していた才谷氏が「日本でありながら日本映画の名作を上映する名画座が消えて行くのが辛い」と、始めたのが日本映画の特集上映である。これをきっかけに、いつの間にか現在では日本映画をメインとした名画座として認知されるようになった。


勿論、年に一度アニメーションフェスティバルも開催し、ファンの間では恒例行事として定着している。今ではモーニングショーに2002年から好評を博しながら今年で20回目を迎える“昭和の銀幕に輝くヒロイン”と称した女優をピックアップした特集上映を行っている。そして通常興行ではユニークな題材の特集上映(約3〜4作品)、夜9時から行われるレイトショーではコアでディープな作品を上映し、1日に何と6本もの作品を上映している。通常興行の特集は小津安二郎や黒沢明といったメジャーな作品よりも誰もが忘れかけているような作品に人気が集中している。「日本映画の黄金期に製作された作品を中心に構成しているのがウチの特長です。他の名画座では観られない作品にもう一度陽の目を当てて、お客様に“あっこんな作品もあったんだ”と思いがけない拾い物をしてもらえたら…というプログラムを心掛けています」と言われる通り、最近行われていた特集として“昭和のヒット歌謡曲映画”“日活アクションの華麗な世界”“松竹大船撮影所・黄金時代”といったカテゴライズされた特集から“岡本喜八監督”“成瀬巳喜男監督”の全作品一挙上映などファンには感涙ものに至るまで作品選びに関しては群を抜いていると言っても過言ではない。特に“東京フィルムセンター”でしか観られないような発掘された作品を映画館で観る事が出来るのは文化的にも重要な場所であると言えるだろう。

そして、マニアックな映画ファンより熱狂的な支持を受けているレイトショーの番組編成…和製ホラーの名作から果ては劇画を映画化した70年代の作品に至るまで、ビデオでも既に廃盤となっている(もしかするとビデオ化すらされていない)作品を劇場で観られるのだ。「実は作品を配給会社に問い合わせした時に、“しばらく稼働していないフィルムだから状態は約束できません”という答えが返って来る事が良くあるのです(笑)」とにかく秘蔵と言われる映画の発掘は、選ぶのも上映するのも大変な苦労が伴うのだ。「実際、ウチの映写技師にはかなり無理を言っています…。試写の段階で、やっぱり無理だと諦めた作品も多いのですが、どうしても“この企画をやるためには外せない”作品には映写機に付きっきりで上映を行う事もありますね。普通、プリントを繋ぎ合わせるのも数時間で済むところが6時間掛けても修復出来ない作品もありますから…」そのような苦労をしても…と石井さんは続ける「お客様に喜んでもらえて満足して頂けると私たちも苦労が報われるのです」と笑顔で語ってくれた。観客からすれば二度と観る事は無いだろうと思っていた作品に巡り会えただけで、例え音が途切れようが画面に傷が入って雨が降っているように見えようが関係無いのだ。「そう言って頂けると本当に救われます…コチラとしては、こんな画質でお金をお客様から頂いて良いのだろうかと申し訳ない気持ちで上映する事もありますから」上映形態は各回入替え制で整理券を発行している。また特集毎にお得な2700円の3回券を販売。会員制度も設け、3500円の年会費で1200円の入場料金が800円となり、更にポイントで5回観賞すると招待券を進呈する等リピーターにはうれしいサービスが充実している。着々と会員数も増え、中にはモーニングショーからレイトショーまで全て観賞される強者もいらっしゃるとか…。










ちなみに毎週水曜日は男女共に1000円で観賞出来る。作品は1週間単位で替り、3〜4日毎に時間帯が変わったりするので予めチェックをしてからお出かけになる事をオススメする。 客層としては年輩の方から学生に至るまで幅広く「常連さん同士が毎回顔を合わせるうちに顔見知りになってロビーで映画のお話とかされたりしているんですよ…」と言う通りリピーターが多いのが特長だ。ロビーは映画が終了した後も歓談の場として利用されている光景がよく見られる。まるでサロンのような場所になっているコチラのロビーは入場者以外でも利用でき、セルフサービスで入れたてのコーヒーが200円で飲めるからブラリと立ち寄った近所の方が映画のチラシを見ながらくつろいで行かれるという。

まるで山小屋のような木の温もりが落ち着いた雰囲気を醸し出しているロビーはガラスの向こうから心地良い日射しを運んでくれる。大きなテーブルの下には上映を待つ映画のフィルム缶が置かれている。地下1階には芝居小屋、そして4階には“山猫軒”という名前のレストランがある。映画の帰りに美味しい料理に舌鼓を打って映画の余韻に浸る…そんな贅沢な映画の観方もココでは可能なのだ。ちなみに外から見上げると最上階に緑の庭園らしきものがある事がうかがえるのだが、最上階はオーナーである才谷氏の私有地…ロビーにある模型でしか庭園の素晴らしさを知る事ができないのが何とも残念だ。場内へは表の階段か、エレベーターを使って入場する。緑の植物に囲まれた階段は手作りの映画館のような雰囲気が漂っている。「客電が消える瞬間のワクワク感は映画館でしか味わえないもの…ブザーが鳴って電気が徐々に消えて行く時の気分は今も昔も変わりない映画館の良さだと思うのです」と最後に語る支配人の言葉の向こうで次回上映のブザーがかすかに響いた。(取材:2005年2月)


【座席】 48席

【住所】東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-12-21 【電話】03-3336-5440

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