「私がココの劇場に来た時、初日から映写室に上がれと言われましてね…20日間くらい映写室に閉じ込められましたよ。その時、映画を手で廻していた頃から映写技師をやっていた方に映写というものを一から教わりました」京都の夜を彩る歓楽街…祇園に建つ映画館『祇園会館』の支配人、山田善夫氏は当時を振り返り語る。「先輩から言われた“映画に惚れるな”という言葉が今でも私の信条です。映画館はあくまでも商売…そこに自分の好みを反映させてはいけない。という事だったんでしょうね。よく取材で“映画って何ですか?”という質問をされるんですが、その時は“飯のタネ”と答えるようにしているんです。(笑)」


職業病…とでも言うのだろうか、山田氏は、ロードショウ館で映画を観る時も「どんな客が入ってるんやろ?という所にばかり目が行ってしまいますわ」と笑う。昭和33年、コチラがオープンした当初は映画館ではなく貸し館という形態でスタート。当時はピアノの発表会やファッションショーなどに利用され、時にはコチラでボクシングの試合まで行われたそうだ。昭和40年代に入り、二番館として3本立て興行を行うようになる。「京都という街は学生の街でもありますから低料金で映画が観れるという事で多くのお客さんがいらっしゃいましたよ」現在でも毎年11月1日から10日間、祇園踊りを開催し祇園界隈の芸子さんや舞妓さんが華麗な踊りを披露している。緞帳があり桟敷席や花道がある…ココは日本でも珍しい映画館なのだ。鴨川が流れる祇園の街。毎年、初夏から行われる祇園祭で華やぐ東大通り沿いにある円堂政嘉氏が設計した京文化の伝統と近代技術が融合した建築物『祇園会館』が昔と変わらない風格ある出で立ちで我々を迎えてくれる。正面エントランスを見上げると見事なタイル画が…入口にあるチケット窓口で入場券を購入してロビーに入ると高い天井の開放的な空間が目に飛び込んで来る。ロビーにはパンフレットやスナックが販売されている小さな売店があり中2階には世界地図の大きなパネルと以前、使用されていた年代物の映写機が展示している。場内は中央から後ろがスタジアム形式の設計が施されており、前述の通り映画館としては珍しい桟敷席と花道がある。天井が高くスクリーンも大きく取られているので実に鑑賞し易い劇場だ。

また毎年開催される“京都映画祭”の会場としても利用されており、数多くの出演者や関係者が舞台挨拶を行う。スクリーンの後ろに大きな舞台があるコチラの特性が大いに活かされるというわけだ。「一番、神経を使うのはやはり設備ですわ。“祇園会館に来たら音が悪い”と言われたくないので映写と音響に関しては徹底しています」日本一の映写技師がいると自負しているだけに品質管理に関しては余念がない。「配給会社から送られて来るフィルムは全て手のひらでチェックするんです。可能なものは修復しますが痛みが激しいものは交換して完璧な1本を作ってしまうんです。ですからウチから返って来た作品は安心と配給会社も言っていますよ」と語る通り、使い廻されて来た人気作品さえも傷や音のひずみが全く無い事に定評があるという。「ただ古い劇場ですからバリアフリーじゃないのが難点なんです。車いすでお越しになられたお客様はスタッフで運んで差し上げるのですが…たまにピアスをしている様な若い子が“僕、手伝ってあげるわ”と、言って手を貸してくれはるんですよ」こうした人の温かみが今でも残っているのが『祇園会館』なのだ。「かつては劇場のドアが閉まらない程お客さんが詰めかけた時代もあったんですよ…」まだ映画が娯楽の中心だった昭和の時代。チケットを売るスタッフの足下にみかん箱を用意してお札が箱いっぱいに溢れ返るのを足で押さえつけていたという豪快な逸話も残されている。

「ウチの良いところは全て人間っぽさを出している事です。場内放送でも、その時々でアナウンスする女性の気分で変わったり…映写技師の操作でスクリーンの閉じるタイミングが違うんですが常連さんの中には、“あぁ今日の映写技師は誰々やな”と当てはる方もいらっしゃいます」それがスタッフの個性であり劇場の個性にもなっていると支配人は笑う。この劇場には随所にスタッフの人間っぽさがにじみ出ているのだ。上映作品の選定は数名のスタッフで行っておりハリウッドの娯楽作品を中心に最近では邦画やアジア映画もラインアップ。毎回、2本立の組み合わせに頭を悩ませているという支配人だが、こうした2本立興行を行っている名画座ならではの面白さというのもある。「お客さんにとって、1本は知っているけどもう1本は予備知識がない…時間があるからと観たという方に“いや〜良い映画を観せてもらいました。本当に泣かされましたわ”と感謝される時があるんです。そういう言葉を頂いた時は、この仕事やってて良かったなと思いますね。」お客様に感謝される映画館…それは2本立という思いがけない出会いから発見されるウレシイ誤算なのかも。

「映画館の魅力というのはライブ感覚で楽しめるという事…正直レンタルビデオが出て来た時は“もうしまいかな”と、思ったものですが全く知らない人同士が面白い場面で笑い、悲しい場面で涙する…そういった光景がある限り映画館は無くならないんでしょうね」と語る山田支配人。「スタッフには今だに映画に関してはシロウトやでと言い続けています。それだけに2本立ての組み合わせに苦労した結果、お客さんが入って来れはるとウレシイですよ」と続けてくれた。今日もお弁当を片手に、いそいそと劇場に駆付ける昔と変わらない映画ファンが自分のお気に入りの席で大いに笑い感動する光景が繰り広げられているのだ。(取材:2003年7月)

【座席】 502席

【住所】京都府京都市東山区北側323番地 【電話】075-561-0160

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