冬、雪がシンシンと降りしきる街─かつて、石炭が日本国内におけるエネルギー資源として重要な位置を占めていた昭和30年代、人口12万を超える炭鉱の街だった夕張─当時、札幌の人口が50万人だった事から夕張がどれだけ大きい街だったか想像できるであろう。炭鉱労働者は24時間3交代で石炭を掘り続け、夜も炭鉱の山々に明りが照らされ続ける不夜城…そんな山で働く労働者の唯一の娯楽として親しまれ、そして愛されていたのが映画だった。街には16館もの映画館があり、連日入り切れない程の賑わいを見せていたという。「8時間勤務で仕事を終えた人々は家に帰って、風呂に入り焼酎を飲んだ後に映画へ出かける…というのが楽しみだったのです」と、夕張市長である中田鉄治氏は語る。「その当時、子供が7人…多い所では15人という家族もいましたから、お母さんは背中に2人、両手に5〜6人引き連れて映画館に通っていたんですよ。中にはドサクサに紛れて何人か子供を横に隠してスッとタダで入場したりして…」と当時を振り返る。

そんな人々の活気に満ち溢れていた街も時代の変革には逆らえなかった…。エネルギー事情の変化によって炭鉱が次々と閉山され労働者たちは住み慣れた街を離れ、今では1万2千人の街になってしまった。映画館も人口の減少と共に次々と閉館し、昭和39年には1館を残すのみとなる。そんな夕張に転機が訪れたのは1990年に街おこしの一貫として開催された“ゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭(ゆうばりファンタ)”の大成功からだ。「総合芸術である映画の灯を夕張から消してはいけない」という心情を持つ中田市長自ら音頭を取って始まった映画祭も遂に今年で14回を迎えるほど世界に誇る映画祭へと成長してしまった。毎年2月、厳冬の地に2万人以上の映画ファンが押し寄せ映画の世界を思いっ切り堪能できる真の意味で“映画のお祭”なのだ。その映画祭のメイン会場となっている市民会館2階に、今や夕張で唯一の常設映画館『夕張市民会館シネサロン』がある。




市が運営する珍しい映画館も中田市長が一介の係長だった頃、市民会館の設立時に当時の上役に内緒で映写機2台とスクリーンをこっそりと設置し無理やり作ってしまったという何ともウレシイ逸話がある。「当時の金額で150万円でしたから…後になって怒られても、もう後の祭。最後には“お前が作ったんだから責任を持って映画を掛けろ”と言ってくれましたよ」言葉通りに中田氏自ら札幌へ何度も足を運び、年間100〜150本もの試写を観ては各配給会社と直接交渉を行いフィルムを提供してもらったという。市民会館横の入口から2階に上がると、すでにそこは映画館の入口。ワンスロープの場内は客席数50席という小さな劇場ながら実に落ち着いたムードを持つ。まさに映画を観る環境を第一に考えられた映画館だ。

上映作品としてはムーヴオーバーながらも邦画・洋画を問わず良質の作品を厳選して上映しており料金も一般1300円と低料金で夕張市民の憩いの場所となっている。スロープの傾斜が強く、スクリーンの位置も比較的高いため前列の頭が邪魔になることがなく実に観易い劇場だ。また映画祭会期中はフォーラムシアター部門の上映館となりビデオプロジェクターでの上映も可能。会期中は多彩なゲストを招いて舞台挨拶も行われている。かつて、この街で映画を唯一の娯楽として愛してきた炭鉱夫たちの子供たちが同じく映画を愛し、その映画によって街が再び元気を取り戻した。映画の灯が映画館と共に消え去る街が多い現在、街を挙げて映画という文化を守り抜く…何と素晴しい事なのだろうか。「テレビがどんなに発展しても夕張からスクリーンで観る映画館を無くしてはいけない。」と言い続けてきた中田氏も今年の4月で市長としての任期を終えるが最後に語った「映画を愛した人生を誇りに思う」という言葉が深く胸に残る。(取材:2003年2月)


【座席】 50席

【住所】北海道夕張市本町4-3 夕張市民会館2階 【電話】01235-2-2742


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