昭和27年、横浜日ノ出町に1館の名画座がオープンした。港街にある映画館らしく横浜のシンボル“かもめ”を劇場のマークにあしらった…その名も『かもめ座』。何ともユニークで印象的なネーミングで地元住民に親しまれ続けて来たこの名画座も遂に平成14年11月10日─創業50年という長い歴史に幕を降ろした。洋画一筋を通して一時期は洋画の成人映画を専門に上映したり、一般映画と成人映画を週変わりで上映したりしていたが、、ここ数年は洋画、それもアクション系を中心とした娯楽作品を2本立・2週間変わり興行に落ち着いていた。まだ映画興行が栄えていた昭和30年代なんかはお客さんもいっぱい入ってたんだけど、当時は港に入港してきた船員さんとかが多くて、2本立ての洋画専門でずっとやってきたでしょう…最近は日雇の労働者が雨で仕事が無い時の良い暇つぶしが出来る映画館になっていたんだけどねぇ。」とコチラの劇場で長年、受け付けと売店販売業務に従事して数多くの映画と映画館に訪れるお客さんを見続けてきたおばちゃん(本当にお客さんと親しく話しの出来る人でした)はしみじみと語る。

「でもやっぱり時代の流れだね、年輩の方が多くなってきて若い人はあまり名画座で映画なんか観なくなってきちゃったから。だから、いつも同じ顔ぶれでしたよ。それにもう老朽化も激しくなってきて、去年あたりから改装して続けるかどうかっていう話しは出ていたんだけど…ウチみたいな映画館で映画を観ようっていうお客さんも減ってきましたからねぇ。それで閉館に踏み切ったのよ。大体、あんまり配給会社もうちみたいな小さな名画座に映画出すのも嫌がるしさ、作品を選ぶのだって一苦労なんだから…」と笑顔で語るおばちゃん…「もう映画館(名画座)なんて割に合わなくなって来ているんだよ。」という言葉に厳しい現実を介間見た。「あたしも、ここの経営者ももう年金で生活出来る年齢の人間ばかりだからね…ここらでもう映画館継いでやってくれる人もいないし、丁度いいの潮時かも知れないね。」


客層も地元の男性客が中心となっており常連が殆ど。もう映画も始まっているというのに映画はそっちのけで友達同士話しに興じたり劇場の従業員とおしゃべりをしたり…映画を観に来たのか、おしゃべりをしに来たのかわからないのだが、映画館が近所の人々の社交場となっている珍しい劇場だった。銭湯も少なくなり、年輩の方が気軽に立ち寄れる息抜きの場がココ『かもめ座』だったのかも知れない。「最近の映画も昔に比べると面白みが無くなってきたでしょう…難しい作品ばかりで映画で興奮できるっていうこと少なくなりましたよね。」

最後を飾った作品は青春映画“クールボーダー”とベトナム戦争に向かう若者を描いた“タイガーランド”。こういったごった煮感覚の作品選びが何とも言えない味だった。昔から変わらない窓口でチケットを購入する…ロビーに入ると一番最初に目に飛び込むのが壁に掛けられた大きな時計だ。劇場の歴史と共に時を刻んできたこの時計も『かもめ座』のシンボルでもあった。場内のドアは赤い皮張りで小窓から場内の様子が分かるようになっている。場内は昔の造りだからだろうか、天井がとても高く今では使われなくなった(17年前から閉鎖)2階席があるためスクリーンが高く前列の客の頭で観えにくいという事は少なかった。毎回、上映の合間にスタッフが丁寧に場内の掃除をしているおかげで場内はゴミが目立ったためしがない。たまに男性客を狙ったホモのチカンもいたりして映画以外にも思わぬハプニングも体験…(勿論、ニラミを効かせれば静かに退散する)。そんな場内に設置された赤いビニール合皮製のシートは昔の姿を残したまま閉館される。「場内もねぇ、夏はともかく冬になると暖房が効き過ぎちゃってよくお客さんから“暑い”って文句言われましたよ」

ここでは煙草の自動販売機が置いてあるのだが、それも昔の映画館の流れ。昔は劇場内でもプカプカ平気で煙草を吸っていたものだった。それも当時としては当り前で時代の波と共にそういった習慣は消えていった…かと思いきやコチラの劇場ではまだそういった習慣を残しているお客も多く場内のアチコチでポッとライターの火が…それも『かもめ座』の風物詩だった。休憩時間のロビーで常連とおぼしき男性客がおばちゃんに「来週は何やるんだい?」と尋ねてた。おばちゃんは掃除の道具をしまいながら「何言ってんだよ、もう明日からこの劇場はなくなっちゃうんだよ」すると「えぇ、何で?」と驚く客に対して「あんたらみたいに何度、ゴミを床に捨てるなとか場内で煙草吸うなって注意しても聞きやしない客ばかりだからやめるんだよ!」と笑顔で返すおばちゃんが忘れられない。(取材:2002年11月)


【座席】 177席 【住所】神奈川県横浜市中区宮川町2-36 ※2002年11月10日を持ちまして閉館いたしました。

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