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![]() ▲昭和の時代を見守ってきた太い柱と鮮やかな青が我々をタイムトリップさせてくれる。 |
「ウチの劇場は昔の作りだから柱も大きいし建物もシッカリしているんだけど一番の問題は老朽化だな。」と語ってくれたのは支配人代行の山本龍二氏。昭和26年にオープンした『新宿昭和館』は当初、新東宝の封切り館としてスタートするが、その後新東宝が無くなり2〜3ヵ月は洋画も上映したが昭和37年頃から現在のスタイルを続けている。「けっこう、日本映画の中でもヤクザ映画の名画座っていうイメージが強いらしいんですよ…喜劇をやったりもしているだけどなぁ。」たしかにラインアップからは現在のVシネマから昔の東映作品に至るまで仁侠ものやヤクザ映画の印象が強いかも知れない。「バブルの頃は場外馬券売場の客が多かったけれど、最近はそこから客が流れるってことは減ったよね。以前はこの先に簡易宿泊所があったせいか日雇い労働者の人なんかも結構いたけど6年位前の道路拡張でみんな整備されちゃって、そういった意味ではお客さんの数は減っていますよ。ただ昔と違うのは本当の映画ファンが確実に増えていますけどね。」ココの特徴としては作品によってガラリと客層が変る事だろう。Vシネマや『弾丸ランナー』『ポストマン・ブルース』といった作品は若い年齢層、高倉健の東映時代の作品ともなると年齢層はグンと上がる。「大体、今の若い人は仁侠時代の健さんなんか知らないでしょう。逆に映画ファンの女性客の方が増えていますよ。」ところが、意外にも名画座となってからのヒット作というのは『蒲田行進曲』だったという。「たまにヤクザ映画以外の単発でやった映画が入ったりするんですよ。この時は1階の扉を閉めることが出来なかったんだから。」どうしてもヤクザ映画専門で掛けているとそれ以上の広がりが無くなってしまうということで、たまにカラーの違う作品も番組に組み込んだりしているという。 そんな『新宿昭和館』の劇場内に入ると入口で、モギリのおばちゃんが笑顔で出迎えてくれる。自動販売機でポップコーンを購入して2階へ上がるとさらに階段が続く。今では珍しい立ち見席専用の階段なのだ。場内は天井が高く昔から続いた風格と歴史の重さを感じさせてくれる。 |
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『昭和館地下劇場』は昭和31年に地下を深く掘り下げて作られた。急勾配の場内はかなり年期が入っているものの前列の人の頭が邪魔にならない当時としては珍しい作りになっている。こちらで公開された『明治天皇と日露大戦争』は立ち見を含めて300人収容の館内に1日で1000人という観客が詰めかけたという逸話も残されている。当時は非常口を出口にして客を回転させていたらしい。オープン当初はココでも新東宝の封切りをやっていたが上の劇場と違ってもう少しナンパっぽい『不良番長シリーズ』とか新東宝のエッチ路線を中心に上映していた。「その頃の流れが今に続いているわけですよ。」と語るように現在では新日本映像(日活)の封切り館として週替り3本立で成人映画を専門に掛けている。たまに女性客の姿も見られるが、メインの客層は意外にも70〜80代のお年寄りが大半を占めているという。昔のにっかつファンかと思うとそうでもないらしい。「結局、ビデオ慣れしていない世代なんでしょうね。だから昔の絡みが少なくてストーリー性のあるものよりも今のハードな絡みのある作品の方が好評ですよ。」と、山本氏は分析する。その年齢になっても男のロマンを求め新作を観に来るパワーは羨ましい気もするが、一方では「やはりそういったファンも年々減ってきていますよね。」という切ない現実もあるのだ。
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【座席】 【住所】東京都新宿区新宿3-35-13 ※2002年4月27日を持って閉館いたしました。 |
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