「日比谷映画劇場」の閉館イベントで観た『イースター・パレード』の興奮が冷めやらぬまま、幸運にもあまり時間を空けずにフレッド・アステア復帰後の名作『バンドワゴン』をスクリーンで観る機会に恵まれた。これは小学生の時に観た『ザッツ・エンターテイメント』の中で紹介されていた数あるMGMミュージカルのひとつで、10年以上もスクリーンで観る機会を伺っていた。女性用下着メーカーのシャルレが提供する特集上映会「シャルレ・クラシック・ミュージカル・シアター」の中にあった。1985年から90年代にかけて名画座にも女性客の姿が多くなってきて、百貨店の三越内もクラシックを上映するオシャレな映画館を展開していた時代だ。

物語は既に過去の人となってしまったアステア演じる有名なダンサーの元に、トニー・レヴァントとナネット・ファブレイ演じる友人の脚本家夫婦からブロードウェイで新作ミュージカルに出演依頼の声が掛かるところから始まる。冒頭のオークション会場で彼の主演作で使っていた小道具が出品されても買い手が付かないシーンで現在の彼が置かれている状況が分かる。ニューヨークの駅に着くとホームに大勢の記者がいて、てっきり自分の取材と思っていたらカメオ出演していたエヴァ・ガードナー(自演)だったというのがほろ苦い笑いを誘う。このプラットホームから駅構内まで全てがセットだったというのが、20年間経って『ザッツ・エンターテイメント』で初めて知って驚いて、しかもまだ当時のセットがボロボロになって残っていた事に2度驚いた。

主人公が、かつて自分が出演して成功を収めた劇場の跡地を訪れるシーンが第一の見せ場だ。今ではゲームセンターとなった場所で黒人の靴磨きと一緒に派手なダンスを披露。アステアは様々なアトラクションやゲーム機の間をところ狭しと踊りまくる。そして、復帰を渋るアステアを説得するため脚本家夫婦に、ジャック・ブキャナン演じる演出家が加わり4人であのミュージカル史上に残る名曲「ザッツ・エンタテインメント」を舞台の小道具を使って歌い踊る名場面へと移る。このシーンを先に『ザッツ・エンタテインメントPART2』で観たのだが、ダンスだけではなく芸達者な4人の個性溢れる表現力に心躍らされる。ショウビジネスの魅力を高らかに歌い上げるシーンは、長年MGMで多くの名作ミュージカルを作ってきたヴィンセント・ミネリ監督と音楽を担当するハワード・ディーツ渾身の演出となった。

劇中、ブキャナン演じる演出家は、ミュージカルのタップダンスもシェークスピアの台詞も同じ魅力があると主張する。純粋なミュージカルを作ろうとしていた脚本家夫婦の企画にファウストの要素を取り入れて無茶苦茶なものにしてしまうのは1950年代当時の映画や舞台を皮肉っているように思える。その舞台に出演するのがシド・チャリシー演じるバレリーナ出身のダンサー。チャリシーは大好きなミュージカル女優で、『雨に唄えば』ではジーン・ケリーを相手に見事な悪女を演じていて、すっかり参ってしまった。脚がすらりと長く高身長だからジュディ・ガーランドのようなコメディエンヌとしては不向きだが、アステアと踊る夜のセントラル・パークで見せるダンスシーンは優美という表現が似合う。

実際、現実のアステアも1946年にパラマウントで製作された『ブルースカイ』を彼のラストダンスとして引退してショウ・ビジネスの世界から遠ざかっていた。そんな彼を再び映画の世界に呼び戻したのが、同じアーサー・フリードがプロデュースした『イースター・パレード』だ。これが大ヒットを記録して、アステアのカムバックは大成功を収めたわけだが、これが『バンド・ワゴン』の内容と被ってしまう。こうした現実の成功談を本人主演でミュージカルにしてしまうのだからフリードの洒落っ気には脱帽してしまう。字幕翻訳家の清水俊二氏はパンフレットで「なにげない身ぶりにも叩きこまれた演技の年功が感じられる」と高く評価されていた。更にジーン・ケリーと比べても役者が一枚上と評しているが、この点に関して私も同意見だ。

エッセイストで映画評論家の小林信彦氏の名著「われわれはなぜ映画館にいるのか」の一節に「MGMミュージカルから何を学ぶか」という章がある。ここで小林氏は、フリードが引退した後には、ミュージカル映画で良いと思える作品は無いと断言する。つまりMGMがミュージカル映画の製作をしなくなった1960年代以後に作られたブロードウェイミュージカルの事を指しているのだが、何故60年代ミュージカルからタップダンスが消えていったのか?と疑問を呈していた。明らかに映画はミュージカルの中にリアリズムを求めるようになり、その様相は60年を境に異なってしまったのは事実だ。それはまるで007映画の中にリアリズムが入り込んできたダニエル・クレイグ版以降、荒唐無稽なスパイ道具や悪役が排除されたのと似ている。観客が求めているのは、そうではないのだ…。