小学生の頃に読んでいた少年誌の巻頭カラーグラビアに掲載されていた映画の紹介ページに心を奪われた。シルクハットを被ったフレッド・アステアやアクロバティックなダンスをするジーン・ケリーなどなど…たくさんのミュージカルシーンをブローアップした華やかなMGM映画『ザッツ・エンタテイメント』の紹介ページだった。「この映画を観たい!」と母親に訴えて連れて行ってもらうと、札幌市内屈指の大劇場「札幌劇場」には若者から年輩まで幅広い年齢層の観客で満席だった。MGMを知らない若者は絢爛豪華な世界に新鮮味を感じ、年輩は昔を懐かしみ涙する。小学生の私はというと、しなやかな身のこなしで軽快にタップを踏むフレッド・アステアに終始魅了されっぱなしだった。この映画でMGMという映画会社がある事も戦前から戦後にかけて沢山のスターを有して多くのミュージカルを作っていた事も初めて知った。

私の世代ではミュージカルと言えば、既にブロードウェイの映画化が主流で劇中でタップダンスを踊る事もなく、MGMの映画は深夜のテレビ映画枠でやるものだった。星の数ほどあるMGMミュージカルの中でも代表作として筆頭に挙げても異論は無いと思われるのは、引退宣言をしてしばらく映画界から距離を置いていたアステアの復帰作『イースター・パレード』だろう。日本でこの映画が公開されたのは戦後わずか5年目だ。まだ焼け野原の中で目にも鮮やかな衣裳を纏った外国人たちが春の謝肉祭を祝う映画をどのような思いで観ただろうか。

私がやっと映画館で本作を観る事が出来たのは『ザッツ・エンタテイメント』から10年が経過した1984年。皮肉にも有楽町の日比谷映画街にあった東宝の直営館「日比谷映画劇場」が閉館した時に開催された「さよならフェスティバル」で実現したのだ。ちなみに1950年に本作が日本で初公開されたのが、ここ「日比谷映画劇場」だ。あぁ、バックにたくさんのダンサーを従えて、手前で踊るアステアだけがスローモーションとなるあのシーンを観られた嬉しさと、老舗劇場が閉館される切なさのアンビバレントな思いで観た『イースター・パレード』は、飽食の時代に生きる私にとっても素晴らしい映画だった。

物語は長年息のあったコンビネーションでダンスを披露していたアステア演じるドンがイースター公演の前日にペア解消の危機に陥る。そのパートナーのナディーンを演じたのがアン・ミラー。彼女もまたアステアと同様に戦前からRKOで活躍していた。RKO以外にもコロンビア映画等で活躍していたが、本作の出演をするためにMGMに移籍した。劇中、ドンを裏切り条件の良いエージェントと契約を交わす野心家として妖艶な魅力を振り撒いたのが現実の彼女と重なる。ミラーがステージで見せる「シェイキン・ザ・ブルース・アウェイ」を歌いながら回転タップダンスには観客に息つく暇さえ与えない圧巻のスピード感。これならばドンとのコンビを解消して独立してやって行きたいという気持ちになるのも充分理解出来る。現実にも移籍したミラーは、MGMミュージカルを支える女優として成功したのだ。

そこで彼女の替わりとなる新しいパートナーとして白羽の矢が立ったのがジュディ・ガーランド演じる場末のバーで踊り子をするハナ。途方に暮れたドンが偶然入ったこのバーで彼女と出会う。取り立てて彼女のダンスが素晴らしかったわけではない。どんな女の子でも自分ならゼロから特訓すれば一流のダンサーに仕上げられると息巻いて彼女をパートナーに誘う。ちなみに、クリントン・サンドバーグ演じるここのバーテンダーが知識人で、色んな格言を言って落ち込むドンをなぐさめる。

高度なダンステクニックが売りのアン・ミラーとは対照的に、ジュディが見せてくれるのはコミカルで表情豊かなダンス。二人が乞食のコスチュームで路上生活の楽しさを歌とダンスで表現する「ア・カップル・オブ・スウェルズ」は、天真爛漫なジュディの真骨頂だ。パートナーとして仕事をする内にドンに惹かれてゆくハンナの想いと、あくまでもショウビズの世界で成功する事を第一に考えるドンとのすれ違いを様々なダンスシーンを交えながらテクニカラーの深みのある豊かな色彩で華やかな世界を描いている。

この映画が製作された時のジュディは、役者としても一番躍進出来る年齢の26歳。戦前に子役でデビューしてから学園ドラマの生徒役としてハリウッドを牽引する立役者としてスター街道を走っていたが、逆にそれが彼女の役者生命どころが本当に命そのものを縮めてしまった。本作が作られた頃にはスターであるが故のストレスから心労が重なり睡眠薬を多用していた。当時の夫だったヴィンセント・ミネリ監督が最初は『イースター・パレード』を手掛ける予定だったが、彼女との関係が悪化している最中だったので、新人のチャールズ・ウォルターズ監督が抜擢された経緯がある。

そんな事を観客には微塵も感じさせないジュディは、アステアとの息が合ったダンスを披露しており、後にアステアは「フレッド・アステア自伝」で、彼女の印象について、驚異的なショウマンシップに感動したと高く評価している。そして何と言ってもジュディは歌だ。これはどんなにダンステクニックが優れているアステアやアンでも敵わない。ラストでアーヴィング・バーリンが作詞作曲した聴くだけでハッピーになれる主題歌を緩急自在に歌い上げるジュディの豊かな表現力こそハッピーエンドで締めくくる曲に相応しい。そして、腕を組んで通りを歩く二人にカメラを向けたカメラマンにおどけて見せるジュディのラストショットに完全に打ちのめされた。

パンフレットで淀川長治先生が脚本の巧みさに言及されている。アステア、ジュディ、ミラーという自分の見せ場を持っている一流のエンタティナーを活かすために単純なストーリーにしている事を高く評価されているが全くもってその通りである。脚本を手掛けたのはフランセス・グッドリッチとアルバート・ハケットの名コンビ(この後に共作で『略奪された七人の花嫁』や『アンネの日記』を発表する)に加えて、あのベストセラー作家のシドニー・シェルダンが仕上げに参加しているのだ。MGMミュージカルの金字塔とされてきた『イースター・パレード』。多くの人たちから支持されてきた評価に違わぬご馳走であった。