これは、ジョーン・フォンテインのジョーン・フォンテインによるジョーン・フォンテインのための映画である。1940年に出演したアルフレッド・ヒッチコック監督の『レベッカ』に出演してアカデミー賞主演女優賞を逃すも翌年の『断崖』で見事に主演女優賞を獲得。以降、飛ぶ鳥も落とす勢いで毎年のように映画史に残る名作に出演していた大人気女優だった。この映画は彼女が主宰するラムパート・プロが製作した作品で、全編フォンテイン一色のメロドラマである。30歳を越えたフォンテインが15歳の少女時代から10年以上もの間、一人の男を慕い続ける女性を演じる。

フォンテインは日本にゆかりの深い女優で、1917年にイギリス人の両親の間で東京で生まれた。一度はアメリカで暮らすが、16歳の時に日本に戻り、聖神女学院に入学している。再びアメリカに戻るとすぐに、その端正な美貌から舞台女優として活動を始める。姉は『風と共に去りぬ』でメラニーを好演したオリヴィア・デ・ハヴィランドだ。フォンテインが映画に出始めたのは20歳になってからだが、間も無くアメリカと日本は戦争状態に突入して日本人が彼女を知るのは1947年に公開された『ジェーン・エア』が初めてだった。当時の映画雑誌では「江戸っ子女優」と紹介されていた。

土砂降りの雨の夜、友人が運転する車に乗るルイ・ジュールダン演じる天才ピアニストのステファンから物語は始まる。この男…女性関係に関してはロクでもない人生を歩んできており、翌早朝に、女問題から決闘を申し込まれている。友人の話ぶりから相手は射撃の名手で、決闘を受ければ間違いなく彼が負けてしまうことが分かる。自業自得だ。しかし彼は夜が明ける前に、密かに町を出て決闘から逃げようと画策していた。例え卑怯者とレッテルを貼られようともだ。家に帰るなり執事に荷物をまとめるよう指示をする。そんな男だから別れた女性の名前なんか覚えていない。荷物をまとめるステファンに、一通の手紙が届く。映画はその手紙に書かれている内容を遡ってゆく構成となっている。

15歳の少女が住むアパートの同じ階に大きなピアノと引越し荷物が運ばれてくる。扉の影から引越しの主を見つめて少女は恋に落ちる。ヨーロッパの舞台演出家として活躍したマックス・オフェルス監督は手掛けた本作はアメリカ映画ながらヨーロッパ映画の雰囲気が漂う。パンフレットでは字幕翻訳家の清水俊二氏が、イギリス人の両親を持つフォンテインの思いが作品の中に染み込んだものと分析されている。確かにフォンテインは当時のハリウッド女優の中でも演技力は頭ひとつ抜きん出ており、そのせいか、時々鬼気迫る迫力のようなものを感じるため、数多くの名作に出演しながらも日本では今ひとつ人気が出なかったのではないだろうか。

少女はステファンへの思いを胸の奥に秘めたまま母親の再婚によって他の町に引っ越す事となる。それでも彼女は、一人汽車を飛び降りてアパートへ戻るのだが、そこで若い女と帰ってくるステファンを目にして町を出る決心をする。数年後…再び街に戻ってきた彼女はステファンと偶然再会する。年頃の美しい女性に成長した彼女に言い寄るステファン。やがて二人は一緒に生活を始め、彼女の愛が成就したかに思えたが、演奏旅行に出たステファンはそのまま戻ることはなかった。日本の昼メロである。

手紙を読み進めると、彼女にはステファンとの間にできたステファンと名付けた息子がいる事が分かる。全ての過去を受け入れてくれた夫と三人で幸せな生活を送っていたところに再びステファンが現れて、再び言い寄ってくる。あろうことか彼女は、夫と別れて再びステファンの元に走るが、荒んだ生活を送る彼は彼女の事を思い出すことはなかった。その挙句に息子をチフスで失い、看病をしていた彼女自身もチフスに感染して死の床に伏してしまう。途中で終わっているこの手紙は、最後の瞬間まで、ステファンへの愛をしたためた手紙だったことが、看取った看護師による追記で分かる。自分が一人の女性の運命を狂わせていた事を知ったステファンが、朝を迎え決闘の場に向かうラストが良かった。