オードリー・ヘップバーンのデビュー作であると同時に、アカデミー主演女優賞を獲得し、日本でも大人気となった名作中の名作。完成前から共演者のグレゴリー・ペックはプロデューサーに、「オードリーは間違いなくアカデミー賞を獲るからタイトルの前に彼女の名前を出した方が良い」と進言したという。撮影中からオードリーの実力を見てきたペックの目は確かだったワケだ。またウィリアム・ワイラー監督は、舞台『GiGi(『恋の手ほどき』という邦題で映画にもなった。ただしオードリーは出演していない)』で主演していたオードリーを気に入り、白羽の矢を立てた立役者でもある。

ウィリアム・ワイラー監督は、日本では戦後にようやく公開された『ミニヴァー夫人』と『我等の生涯の最良の年』の間に第二次大戦への従軍を挟みながら、どちらもアカデミー作品賞を獲得してしまうというケタ外れの作家性の持ち主という印象がある。オードリーと組む『噂の二人』や『おしゃれ泥棒』はセンスの良い小品に仕上げ、ペックと組んだ『大いなる西部』は、ダイナミック!の一言に尽きる。

新人とは言っても、あくまでもそれは映画の世界での話しで、オードリーは既にブロードウェイでは、次々と主演作が目白押しの人気女優だった。そんな彼女だが、別れのシーンで涙を流さなくてはならないところが、なかなか涙が出ず何テイクも繰り返したためワイラー監督が悲観にくれているのを見て涙を流した…というエピソードも舞台と映画の違いに苦労した最初の洗礼だったようだ。

世界各国を歴訪していた、とある国の王女アンがローマを訪れた時、責務の重圧に疲れ、夜中にこっそり大使館を抜け出す(逃げ出す…が正しいか?)。そこで出逢った新聞記者ジョーとローマを巡りながら今まで体験出来なかった冒険とロマンスのひとときを過ごす…という現代のお伽話を書いたのはアイアン・マクラレン・ハンターとクレジットされているが、実は赤狩りでハリウッドを追放されたハリウッドテンの一人ドルトン・トランボが書いたものでハンターは名前を貸しただけという裏話(皮肉にもアカデミー脚本賞を受賞した)がある。

この映画の魅力は皇族と庶民の主人公二人が交わす、住む世界の違いから生まれるチグハグなやり取り。朝、ジョーのアパートで目覚めたアン王女がベッドの上で「ここはエレベーターですか?」と尋ねるシーンが笑える。世間離れしたアンの言動に、普通なら怪しむところを新聞記者のジョーは、既に彼女の正体を知っていて、スクープのために知らないフリをして付き合うという設定が上手い。身分の違う二人は決して結ばれる事は無いのだが、この結末はこれ以上の選択肢は考えられないほど、実に洒落ていた。彼女は王女に戻り、帰国前の記者会見でジョーは記者としてアン王女の前に立つ。全てが白日の下になった時に、二人だけが分かる笑みを交わす…見事だ。

アメリカ公開の翌年に公開された日比谷映画劇場には、連日長蛇の列が出来て、異例の5週間ロングラン興行となった。公開前からオードリー人気が先行しており、当時の熱狂ぶりがパンフレットからも伝わってくる。映画雑誌「ロードショー」に寄稿していた辛口評論家の故・大黒東洋士氏のウィリアム・ワイラーをかなり賞賛しているコメントが新鮮。私は「スクリーン」派だったが大黒氏の武骨な論評を楽しみに、氏のページだけ立ち読みしていたのを思い出す。