オードリー・ヘップバーンの純粋で無垢な魅力が溢れている作品といえば『麗しのサブリナ』を迷う事なく一番に挙げる。大富豪ララビー家に住み込んでいるお抱え運転手の娘サブリナが身分の違いを越えて、一家の御曹司と恋に落ちる…というシンデレラストーリーだ。

サブリナが恋するのは、ウィリアム・ホールデン演じるプレイボーイの次男デイヴィッド。しかし、デイヴィッドにとってサブリナは単なる使用人の娘…その現実にサブリナは失意の中、ガレージで排ガス自殺を図る。そこで父は娘をパリの料理学校に通わせるのだが、サブリナは2年後、洗練されたレディとなって帰ってくる。前半は、パリの料理学校で出会った粋な男爵によってパリのファッションを教えられ、磨かれていく過程が見どころ。演じるのはマルセル・ダリオ。『大いなる幻影』でジャン・ギャバンと共に逃げるユダヤ人を好演した名バイ・プレイヤーだ。

後半の面白さはサブリナとデイヴィッドの逆転劇だ。駅に降り立った女性をサブリナとは気づかずに声をかけるディビッド。車で送り届けた先が自分の屋敷だったところで、彼女が使用人の娘だった事に気づき驚愕する。すっかりサブリナに心奪われたディビッドだったが、会社を大きくするための政略結婚が控えているため、ハンフリー・ボガート演じる長男のライナスは、サブリナを傷つけないように、あの手この手で二人の逢瀬を阻む。時には弟の代わりにデートの代役を務め、別れ話を切り出すタイミングをうかがう。

面白いのは堅物のライナスを演じるボガートがサブリナとデートをする時に見せる困惑の表情だ。今まで仕事一筋だった中年男が、鏡の前で流行遅れのジャケットと毛糸の帽子をかぶって「神経痛の大学生だ」なんてボヤく姿に、それまでハードボイルドな役ばかりのイメージ(怪作『悪魔をやっつけろ』は別として)なだけに新鮮だった。ボートの上で調子っぱずれの昔の流行歌「アイ・ハヴ・ノット・バナナ」を真面目な顔で流すチグハグさも最高だった。ここでサブリナはライナスの実直さに心を惹かれてしまう…という重要なシーンでもある。

サミュエル・テイラーの戯曲『サブリナ・フェア』に感動したオードリーが『ローマの休日』公開前にパラマウント首脳陣に映画化を懇願。試写室で初めて彼女の演技を観た重役たちは、すぐに制作の準備に取り掛かったという。サスペンスからコメディまで幅広く手掛ける名匠ビリー・ワイルダー監督と組んだ二作目で、オードリーはその人気を不動のものとしたのだ。

パンフレットは日比谷映画街のシンボル的存在だった日比谷映画劇場の初版もの。映画プロデューサーでもある評論家の筈見恒夫氏による「ヘップバーンとパラマウントカラー」と題したコラムで書かれている「ヘップバーンは、パラマウントという最高級の額縁にはめられてこそ、彼女の魅力が百パーセント発揮させられる」というコメントに大いに共感する。パラマウントカラーとは都会的だという事だ。だからこそ、本作のようにジバンシィのファッションを見事に着こなし、そこに品の良さと清潔感があるのだ。