愛を読む人 THE READER
「愛している」の代わりに、本を読んだ──少年の日の恋が、無償の愛へと変わるまでを描く、至高のラブストーリー
2008年 アメリカ カラー ビスタサイズ 124min ショウゲート配給
制作 アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラック 監督 スティーヴン・ダルドリー
脚色 デヴィッド・ヘア 原作 ルンハルト・シュリンク 撮影 クリス・メンゲス、ロジャー・ディーキンス
編集 クレア・シンプソン 美術 ブリジット・ブロシュ 衣裳 アン・ロス 音楽 ニコ・ムーリー
出演 ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、レナ・オリン、ブルーノ・ガンツ
アレクサンドラ・マリア・ララ
2009年6月19日(金)TOHOシネマズスカラ座ほか全国ロードショー
オフィシャルサイト www.aiyomu.com

1995年、当時はまだ無名だったドイツの作家が書いた世界中で一大ブームを巻き起こした小説「朗読者」の映画化。世界的ベストセラーの映画化という重圧を担ったのは、『リトル・ダンサー』『めぐりあう時間たち』の名匠スティーヴン・ダルドリー監督。格式高い原作のイメージを守りつつ、官能的なシーンや物語の衝撃的な展開では、映像の持つ力を存分に発揮した。脚色は『めぐりあう時間たち』に続き、本作でもアカデミー賞にノミネートされたデヴィッド・ヘア。原作にはない希望が優しく香るシーンをラストに書き加えている。ドイツでのロケで、時代によって異なる雰囲気を見事に撮り分けた撮影は、『ミッション』でアカデミー賞を受賞したクリス・メンゲス。衣装は、『イングリッシュ・ペイシェント』で同賞を獲得したアン・ロス。また、プロデューサーとして名を連ねたのは、『イングリッシュ・ペイシェント』でアガデミー賞監督賞を受賞したアンソニー・ミンゲラと、『愛と哀しみの果て』で同賞を受賞したシドニー・ポラック。惜しくも二人は2008年、映画の完成を待たずに、相次いでこの世を去った。主人公ハンナを演じるのは、『いつか晴れた日に』『タイタニック』でアカデミー賞にノミネートされたケイト・ウィンスレット。本作では、ゴールデン・グローブ賞を始め数々の賞を受賞し、遂にアカデミー主演女優賞に輝いた。少年時代から大学生までのマイケルには、ドイツ期待の新進俳優デヴィッド・クロス。70年代以降のマイケルには、『シンドラーのリスト』『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー賞にノミネートされたレイフ・ファインズ。その他、『ショコラ』のレナ・オリン、『ヒトラー/最後の12日間』のブルーノ・ガンツとアレクサンドラ・マリア・ララが、重要な脇役を演じている。

※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
1958年、ドイツ。15歳のマイケル(デヴィッド・クロス)は、具合の悪いところを助けてくれた、21歳年上のハンナ(ケイト・ウィンスレット)と恋におちる。マイケルは毎日のようにハンナの部屋に通い、二人は激しく求め合った。やがてハンナは彼に本の朗読を頼み、それが二人の愛し合う前の儀式となる。チェーホフ、ヘミングウェイ、カフカ…ハンナを喜ばせたい一心で読み聞かせた名作の数々、全てが輝いて見えた一泊の自転車旅行─マイケルは初めての大人の恋にのめりこんでいくが、ある日突然、ハンナは姿を消してしまう。悲しみに打ちひしがれるマイケルに、思い当たる理由は何もなかった。8年後、衝撃の再会が待っていた。法学専攻の大学生になったマイケルが法廷で見たハンナは、戦時中の罪を裁かれる被告人の一人だった。ハンナは、ある秘密を隠し通すために不利な証言を認め、自分だけ無期懲役の判決を受ける。自由を犠牲にしてまで隠したい秘密とは、いったい何だったのか? 時は流れ、ハンナとの出逢いから20年。結婚と離婚を経験したマイケル(レイフ・ファインズ)は、彼女の最後の朗読者になることを決意し、朗読を吹き込んだテープを刑務所に送り続ける。20年の刑期を終えようとする頃、ハンナは、ある決意を実行しようとしていた。

字を読むことも書くことも出来ない主人公が、その事実を永遠に封印して20年の懲役刑を選んだ瞬間、不覚にも涙が流れた。爆撃で火災となった収容所で殆どのユダヤ人が焼け死んだというホロコーストの悲劇がベースとなっている本作。その収容所で勤務していたケイト・ウィンスレット演じる主人公ハンナは、他の被告たちから全ての責任を被せられる。重要な証拠となる彼女のサインが記された命令書が有罪の決め手となるのだが、彼女は、そこで読み書きが出来ない真実を語らずに罪を認めてしまう。それによって無期懲役が確定しまうのに…だ。サインの筆跡を鑑定するため差し出された紙とペンを見つめ、深く瞬きをした後に「罪を認めます」と言うこのシーンだけを取り上げてもウィンスレットの演技はアカデミー主演女優賞を獲得する(アカデミー賞が評価の基準になるのかは別として)に値した。その時、傍聴していた“彼女が非識字者である”事実を唯一知っていた青年は、彼女の気持ちを理解し、真実に対して口を閉ざす。前半は、年上の女性に絆されて情事を重ねていく少年の心境と二人の関係を繊細なタッチで描いており、さすが『めぐり逢う時間たち』において繊細な描写に定評のあるスティーヴン・ダルドリー監督の手腕が光る。少年が年上の女性に惹かれ、女性もまた若い肉体を欲しつつ少年の欲求に応える。石炭の煤で汚れた少年・マイケルがお風呂に入っているところに、ハンナがバスタオルを持ってかけてあげる。ダルドリー監督の上手いのは、カメラがパンすると、全裸になっていたウィンスレットの全身が映し出されるところだ。これほどショッキングで官能的なシーンは『ラスト・タンゴ・イン・パリ』以来。かなり激しいセックス描写が続くが、そこには愛を語らう言葉は一切存在しない。その代わりに、マイケルが様々な本を朗読する事で二人の関係が深まっていく愛の言葉となっているのが興味深い。例え、その本が恋愛小説ではなかったとしても、優しく朗読するマイケルと、それを静かに聞き入るハンナの間には肉欲だけではない“愛”が間違いなく介在している。
後半は、ハンナの内に秘めた思いがマイケルの視点を通して描かれる。大学に進んだマイケルが法学の授業の一環として傍聴した法廷で、被告として立つハンナと再会する。法廷のシーンは、表情の変化だけでハンナの気持ちを表現しなくてはならないわけだから、かなり難易度の高い演技が要求されたに違いない。ウィンスレットは、その要求に見事に応え、おかげで観客はマイケルと同じ“彼女は(読み書き出来ない)真実を一体誰に隠そうとしているのか…?”という焦燥をリアルに抱く事となる。ノーメイクで挑んだからこそ、前半は中年女性の生っぽさを、後半は真実と現実の狭間で苦悩する被告人の決意(ここでいう彼女の決意は2つある)が観客に伝わってきやすかったのだと思う。ウィンスレットが演じる時代の波に翻弄される女性と言えば、ウインターボトム監督の『日蔭の二人』も壮絶だったが、本作における主人公は時代の流れを受け入れた上で自尊心(いや、最低限の見栄と言った方が良いだろうか…)と共に全てを享受する道を辿る。原作と同様に彼女を時代の被害者としてダルドリー監督は描いておらず、主たる責任者だったか否かの違いだけで、ホロコーストに関わっていた事実は変わりがない。彼女のとった行動を“無学であるが故”と結びつけている評論も目にするが、筆者は“貧しさ故に無学となったコンプレックス”こそが、彼女を悲劇へと導いたのではないかと思う。だからこそ、彼女は、それがバレそうになると回避行動に出る。彼女がそうしたコンプレックスを忘れていられたのは、ただ純粋なアーリア人だった…というだけで自分より悲惨な状況にいたユダヤ人たちを監視する立場だった戦時中なのだ。それを唯一理解しているのは彼女自身だけ…という孤独こそ一番の悲劇かも知れない。
「本を読むだろう?」「聞く方が好き…」まるで愛の語らいのような“朗読”の儀式がここから始まる。
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