エレジー ELEGY
からだから、こころから、あなたを消せない。もう一度、愛したい。

2008年 アメリカ カラー ビスタサイズ 112min ムービーアイ配給
制作 トム・ローゼンバーグ、ゲイリー・ルチェッシ、アンドレ・マラル 監督 イザベル・コイシェ 
脚本 ニコラス・メイヤー 原作 フィリップ・ロス 撮影 ジャン=クロード・ラリュー
編集 エイミー・ダドルストン 美術 クロード・パレ 衣裳 カティア・スタノ
出演 ペネロペ・クルス、ベン・キングスレー、デニス・ホッパー、パトリシア・クラークソン
ピーター・サースガード、デボラ・ハリー

2009年1月24日(土)シャンテシネ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
オフィシャルサイト http://elegy-movie.jp/index.html


 スペイン系キューバ移民の若い美女コンスエラと大学教授デヴィッドの身を焼き尽くす程の情熱にかき立てられ30歳以上の歳の差がありながらも、いつしか親密な愛情関係で結ばれるようになる。原作は、現代アメリカ文学の巨匠フィリップ・ロスの短編小説「ダイニング・アニマル」。現在、ノーベル賞に最も近い男と呼ばれ、これまでピューリッツァ賞、全米図書館賞、フランツ・カフカ賞の受賞歴がある。監督は『死ぬまでにしたい10のこと』『あなたになら言える秘密のこと』のスペイン人映画作家イザベル・コイシェ。名匠ペドロ・アルモドバルの秘蔵っ子らしく、卓抜な深い人間洞察力で、主人公たちの激しい情動や心の揺れを引き出し、心をかきむしる現代の男女の愛の物語を一級品に仕上げている。撮影は『死ぬまでにしたい10のこと』からコイシェ監督と組んでいるジャン=クロード・ラリューが担当し、陰影のある奥深い映像美を実現させている。本作は2008年ベルリン国際映画祭に出品以来、世界各地で、「上品な官能性に満ちた愛の物語」と大絶賛を浴びている。主演は『ボルベール<帰郷>』でアカデミー主演女優賞候補となり『オール・アバウト・マイ・マザー』『バニラ・スカイ』の演技も話題となったペネロペ・クルス。デヴィッドの人生を一変させる“魅惑の女”コンスエラを演じ、観客が息をのむ程の天性の美しさを全身から放っている。ペネロペと恋に陥る大学教授デヴィッド役は『ガンジー』『シンドラーのリスト』のオスカー俳優ベン・キングズレーが、滋味深く演じており、早くも5度目のアカデミー賞間違いないとの呼び名も高い。さらにデヴィッドの旧友である詩人を『ブルーベルベッド』などの名優デニス・ホッパーが演じ作品に重厚感を与えている。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 スペイン系キューバ移民の若い黒髪の美女、コンスエラ・カスティーリョ(ペネロペ・クルス)は、カリスマ的な大学教授であり、“反逆者”を気取って女性の肉欲のみを求めていたデヴィッド・ケペッシュ(ベン・キングスレー)と出会い、二人は生まれて初めて身を焼き尽くす程の情熱をかき立てられる。30歳以上の歳の差がある二人。コンスエラは大人の男の魅力に…そして、デヴィッドは“芸術品”のような完璧な肉体を持つ彼女の虜になり、いつしか親密な愛情関係で結ばれるようになる。しかし、デヴィッドは彼女の美しさから、いつしか自分の元を離れて行くだろうという妄想に取り憑かれていた。デヴィッドは彼女に対して激しい嫉妬の念を抱くようになり、彼女の過去を責め始める。その一方で、両親に会わせたいという彼女の誘いを何度も断り続け、次第にコンスエラは、激しい男女の駆け引きに疲れ果てて、彼の元を離れて行く。そして、孤独な年月が過ぎた頃、彼女はデヴィッドに突然電話で、自らの想いを伝える。「私にはあなたが必要なの」。彼の人生に再び戻って来た彼女は、ある切迫した願いを抱えていた。彼女の完璧な肉体は乳癌に冒されていて、メスを入れられる前の最後の時に裸をカメラに収めて欲しいというのだ。手術の後、彼女の病院を訪れたデヴィッドは、コンスエラと共に人生を歩んで行く決心をするのだった。


 …ベン・キングズレー演じる初老の男が観ていて痛い。自分には、もう訪れる事は無いだろうと思っていた、心ときめく純愛が訪れた時の浮き足立った気持ちが切ないほど良く理解できる。本作の中で彼が演じるのは地位も名誉も得た大学の教授なのだが、ペネロペ・クルス演じる若く美しい生徒に恋をして、フラレるどころか上手く行ってしまったものだから、突然20代の若者のような行動に出たりする。いやいや…恋に落ちた男の行動や心理はいくつになっても変わらないものだ。彼は、自分の年齢にコンプレックスを抱き、彼女が「弟と踊りに行く約束をしている」と夕食の誘いを断るとクラブまで様子を見に行く。きっと、それが若い男がしていたら“しょうがないなぁ”と観ていられるのだが、自分の父親に近い男が、それをやっていると、つい顔をしかめてしまう。しかし、これがきっと現実だろう。そんな彼に友人(デニス・ホッパーいいなぁ)は「ただ、セックスをしたければ、ベッドにだけ誘って、のめり込み過ぎるな」と忠告する。多分、友人とデヴィッドが女性に対して求めているものが大きく異なるのだ。デヴィッドは、若い恋人の体を欲していながらも、プラトニックな恋愛も同時に求めており、それが彼を迷宮に陥らせる事となる。そして、ここで重要なのは“老い”という現実だ。
 本作のもう一つのテーマは、“老い”を迎えた人間の持つどうにも出来ないコンプレックスだ。人間は、年齢と引き換えにある種のステータスを手に入れる。デヴィッドは社会的地位も確立して成功者と言っても良いだろう。そんな彼が手にする事が出来ないもの…それが“若さ”である。同じ世代の人間と付き合っている限りは、そんな事は、気にも留めないであろう。しかし、30近くも歳の離れた若い女性と付き合った場合は話が別だ。彼は彼女に好かれようと、頭の中で試行錯誤を繰り返し、本来の自分を偽って接していく。そして、常に「彼女はいずれ、若い男の元に去って行くだろう」と諦めに近い思いを抱いている。逆に彼女は男のジレンマを理解する事が出来ない。“老い”を経験していない者にとって、それは当たり前の事なのだが、デヴィッドがコンスエラの自宅で催される卒業パーティーに行く寸前に、行けなくなった言い訳をする。筆者の友人で若い女性たちの感想を聞くと、皆口を揃えて「男がヒドい!」というのが興味深かった。これを単純に結婚したくない男の逃げ…と解釈すれば確かにその通り。しかし、デヴィッドが逃げた理由は、自分の“老い”に対する周囲の目に恐れをなしたのだとしたら、これほど悲しい事はない。
 それを『死ぬまでにしたい10のこと』で女性の心理を的確に描き上げたイザベル・コイシェ監督は女性ながら、よくぞここまで男の下心を見透かした描写が出来たものだと感心してしまう。常に、主人公は彼女とベッドを共にする度、彼女の過去を正当化しながら、聞き出そうとする。聞いたところで新たな嫉妬心が芽生えるわけだが、そんな男の質問攻撃に対しては彼女は正直(それが衝撃的な内容であったとしても…)に答えるのが一番の的策かも知れない。ここで描かれているのは、男の嫉妬心と独占欲…30歳も年上の男に対して彼女は逆に「どれだけ自分を愛しているか」という質問をぶつける。男からの返答に対して、彼女がズバリ「嫉妬心や独占欲は愛の証明にならない。子供だって買ってもらったばかりのオモチャを飽きるまで大切にするわ」という言葉をぶつける。正直、言い返す言葉が見当たらず、コンスエラが発するこのセリフに本作のテーマの全てが凝縮されていると思った。最後にコンスエラは乳ガンに侵されて片方の乳房を切除する。「こんな私でも愛せる?」と言わんばかりに、キレイな姿の写真を撮ってもらおうとデヴィッドの前で服を脱ぐコンスエラ。ラストでは、手術をした彼女と共に海岸を歩くデヴィッドの姿が映し出される。どの書評にも、このラストを好意的に受け止めているのだが、彼女が片方の“乳房”を失う事で“若さ”を失った男のバランスが取れた…と解釈したならば、あまりに悲しい結末だ。

「10年後に読み直したら本は違うものになる」その通りだ。本だけに限らず、映画も、そして人生もそうなのだ。

 

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