八代駅前の住宅地にある成人映画館

 初めて熊本市を訪れたのは2010年4月の終わり。間もなく初夏を迎えようとする南国の街には気持ちの良い風が吹いていた。前の日に天草で一泊した僕が熊本市内に入ったのはお昼を少し回った頃。途中、八代市にある成人映画館『八代駅前東映』の取材で寄り道する。八代駅は3つの路線が乗り入れている交通の要所で栄えていたが、翌年に全線開通する九州新幹線によって街の拠点が少し離れた新八代駅に変わってしまうからお客さんも減ってしまう…と、館主さんは嘆いていた。以前は息子に継がせようと思った映画館も「この御時世だから…」と時分の代で終わらせることを決めたという。映画館からも見える日本製紙の煙突から出る煙を背に再び熊本市へ戻る。

夕日に照らされる勇壮な熊本城の天守閣に上る

 熊本市内の水源は全て阿蘇山系の伏流水からくる湧水で、一般家庭の蛇口をひねれば天然水が出てくるという清流の里だ。市電通りと街の中心を流れる阿蘇山を源流として名水百選に選ばれる白川を挟んで、緑豊かな庭園と清らかな湧水を湛えた水前寺公園がある。肥後細川初代藩主の細川忠利公が御茶屋を置いたのが始まりで、その後、阿蘇の伏流水が湧き出る池を中心とした庭園が完成した。桜の季節は過ぎてしまったが、ゆるやかな起伏の築山や松、浮石などが配された庭園美を満喫することが出来た。そこから市電に乗って熊本城へ向かう。

 緑豊かな水前寺公園とは対照的に熊本城は勇壮で力強く、静と動のコントラストが実に美しかった。日本各地の映画館を取材した先々で数多くの城を訪ねたが、熊本城ほど夕日の映える城はない。街の中心部にドンと構え、市内どこからでも見える朱色に染まる天守閣は正に街の守護神と言える。熊本城は近くで見るより少し離れて見た方が、その大きさを実感することが出来る。天守閣へは本丸御殿の床下にある闇り通路(くらがりつうろ)と呼ばれている石垣で出来たひんやりとした地下通路から入る。季節外れの平日、観光客の数少ない天守閣に上がって熊本の街を見下ろして、よし、次は昼間に来てみようと思った。その時はまさか、数年後に発生した熊本地震で熊本城が大きな被害を受けるとは夢にも思っていなかった。

 この熊本城のお膝元に、市内最大の繁華街として有名な新市街がある。スナックや小料理屋がびっしり入る飲食店ビルが乱立する熊本市にはユニークな名前の通りが多い。酒場通りとかクラブ通りとか、酒飲みが好みそうな名前の通りが交差している。その中心を走る長いアーケードのサンロード新市街通りに映画館『Denkikan』がある。

 

 

カフェスイルの老舗映画館と日本で一番新しい成人映画館

 『Denkikan』の前身となる『電気館』が、九州初の活動写真常設館として明治44年に設立した当時はシャワー通りにあった。弁士として活躍していた創設者が全国の劇場を巡業中に熊本を訪れた際、まだ劇場が無かったこの地に映画館を作ろうと思い立ったのが始まりだ。現在のシャワー通りはお洒落なブティックやカフェが立ち並ぶ若者の街に変貌。『Denkikan』も時代と共に変化してきた。エントランスの床と壁面には木の板を打ち付け、間仕切りを全て見通しの良いガラスにすることで開放的な空間となっている。ロビーはリゾート地にあるカフェのようだ。そこから程近い下通りに面した雑居ビルの地下にひっそりと成人映画館の『桃天劇場』がある。小さな看板が立っているだけなので、うっかりすると見過ごしてしまいそうだ。次々と成人映画館が閉館する時代…何とオープンは平成17年11月。多分、日本で一番新しい成人映画館と認定しても良いだろう。家では成人映画を観る事が出来ないお父さんたちが、ゆったりと過ごせる憩いの場となるよう新作が少ない中で飽きが来ない番組編成を提供している。

取材:2010年4月