イベント好きの笠間市民が盛上がる門前町を歩く

 茨城県に今年初めて霜が降りた12月初旬の早朝。上野駅から6時過ぎの水戸行JR常磐線に乗って水戸線に乗り換える友部駅のホームは凍てつく寒さだった。そこから2駅目にある笠間駅が今回の目的地だ。坂本九が戦時中に疎開していた所縁の地で、町の時報に九ちゃんの名曲が使われている。笠間焼の生産地として知られる笠間市は日本三大稲荷に数えられる「笠間稲荷神社」の鳥居前町であり、年間350万人以上の参拝客が訪れる人口8万人の小さな町だ。この日は土曜日だったが、数日前に「秋の陶器市」と「笠間の菊祭り」というビッグイベントが終ったばかりで、駅前には人通りは殆ど無かった。少子高齢化が進む笠間市は、人口の減少に歯止めが利かないという問題を抱えながらも、街を上げて観光に力を入れており、イベント好きという気質の市民の手で、もの作り体験やバーベキューといった参加型のイベントを随時開催しており、県外から多くの人々が訪れている。

 「う〜っ、寒っ!」駅から外に出ると頬に冷たい風が突き刺さり思わず肩を萎める。真っすぐ延びる駅前通りを北へ20分ほど歩いたところに「笠間稲荷神社」がある。この門前通りは観光地にあるような、いかにも土産物屋が建ち並ぶ商店街ではなく、ここに住む人たちも利用する生活感があるのがイイ。人影もまばらな通りをぶらぶらと散策して参道沿いの味わい深い茶屋や仲見世を堪能する。ここの名物は、細かく切った蕎麦を稲荷で包んだ「蕎麦いなり」で、神社の横にある昔ながらの定食屋という趣きの「つの国や」で昔ながらのラーメンと舞茸入りのそばいなりを注文する。醤油ラーメンとそばいなりは寒い冬に鉄板である。

 町には映画館が1軒ある。そこから10分ほど歩いた町の中心を流れる涸沼川沿いにあるショッピングセンター「ポレポレシティ」の2階にある『笠間ポレポレホール』だ。2スクリーンを有するコチラの特徴は何と言っても遠くに八溝山地を臨む大きな窓のロビーだ。朝早くからチケット窓口に年輩のご夫婦と3世代の大家族が列を作っていた。広いロビーは子どもたちにとってかっこうの遊び場となり、年輩のご夫婦は自然光が降り注ぐポカポカのロビーで開場までゆったりと過ごしていた。

 

大らかなローカル電車で晩秋の田舎町を満喫する

 水戸駅から水郡線という福島県の安積永盛駅まで137キロという長い路線距離の二両編成のワンマン電車に乗り換える。1時間に1本の車内は、学校帰りの地元の学生たちが乗り込んでくると一気に賑やかになる。ビルが建ち並ぶ水戸駅を発車して10分も経たない内に車窓から見える風景は一変してのどかな黄金色の田園風景が広がる。途中の駅で扉が開くたび微かな焚き火の匂いが車内に漂ってくる。途中の下菅谷駅前にある線路沿いの道を頬っぺたを赤くした子どもたちが歩く。“♪〜沈む夕日に照らされて、真っ赤なほっぺたの君と僕…”思い出されるのは童謡の名曲「真っ赤な秋」だ。無人駅では、運転手さんがホームに降りて切符を受け取る。切符を購入していない乗客が財布からお金を出す時に焦ってしまうといつまで経っても電車が発車出来ない。時には5分遅れなんてざらにある。そんな大らかなローカルの単線に乗っていると世知辛い東京の通勤電車が馬鹿らしくなる。

 水戸駅から8駅目に瓜連(うりづら)という無人駅がある。無人と言っても有人の切符売場があって、東京までの長距離切符も買うことができる。ただし、駅の周りには何もない。せいぜいホームから畑の向こうに小さく民家が見える程度だ。そんな場所に、2016年10月にオープンしたミニシアターがあるという。たいがい映画館のある駅というのは、どんなに小さな街だとしても、それなりの顔つきがある。ところが、駅に近づく車窓から見える景色には、一向にそんな空気が感じられない。そのまま畑に囲まれた駅で降りる。さて…駅のどちら側に行けば良いものか?目印になる建物が無いので判断ができない。切符売場の駅員さんに尋ねてみると、「あぁ新しい映画館ね。こっちを真っ直ぐ…」と、あっさり教えてくれた。

無人の瓜連駅を降りるとそこには日本の原風景があった

 風になびくすすきの綿毛が舞う田舎道を教えられた通りに歩く。民家はあるけれど住宅街ではない。途中、写真館をやってる瓦屋根の古民家があった。晩秋の夕暮れどきにフジカラーの看板がやけに目立つ。その先には古い神社が見える。二本の立派な杉が鳥居のような佇まいの素鵞神社というスサノオを祀る地元の神社だ。そこの角からスーツケースを持った寅さんがひょっこり現れて来そうな…ここには、そんな日本の原風景が残っている。ネオン瞬く裏通りにある古い映画館も良いけれど、民家の灯りだけがポツポツと見える場所にある映画館なんて、考えただけでワクワクする。県道に出ると、スーパーあまやの駐車場に目的の映画館『あまや座』があった。本当は閉店したスーパーをリノベーションする計画だったが、消防法や条例に合致せず断念。結局は駐車場に新しく作る事となり、予定から半年遅れてのオープンとなった。周りに何も無いからこそ、映画の帰りに気分を台無しにする雑音が入って来ないのがありがたい。帰りの電車まで余裕があるので周辺を散策してみると、近くに常福寺の見事な山門があった。隣町には白鳥が渡ってくる池があるらしく、市はそれを観光のウリにしているが、この何も無い日本の原風景こそ素晴らしい観光資源と思う。

取材:2017年12月